もしも利休があなたを招いたら 千 宗屋 

 

 

・茶室というタイムカプセル
・利休が生きた「グローバル都市」
・日常を離れて人と向き合うこと
・場の力を味方につけた信長
・足るを知ればこその引き算
茶の湯という「圧縮ファイル」 など

 

どうして畳のヘリを踏んじゃいけないの?

「一畳」という身体感覚

茶室における畳は、「ものさし」として機能します。流儀によっても違いますが、お茶では畳一畳を六歩で歩くと教わります。これはふつうよりもやや小さな歩幅で、すり足気味に歩くのに適した歩数といえます。

一間、という単位は畳の長いほうの辺の長さのことで、約1メートル90センチ。畳の大きさは、もともとのサイズである京間のほかに、江戸間、団地間など異なるサイズがあるのですが、本来のお茶室の寸法はこの約1メートル90センチ×95センチの京間サイズが基準となっています。

この一畳の身体感覚というのが、すべての基準です。たとえば、茶室の中で人と人が動いたりすれ違ったりするときに、みんなが好きな場所を勝手に歩いたのではグチャグチャになってしまいますよね。畳の縁(ヘリ)の内側を決められた歩数で歩くという秩序を作っておくことで、そうした問題が解決されるのです。

また、畳の目は、定規の役割も担っています。ひと目が約1.5センチで、道具の寸法や置き合わせる位置なども、すべて「畳何目」が指標になっているのです。ですから、この寸法にしたがえば、おのずとふさわしいおさまり方というものが見えてくるわけで、実に合理的です。こうした一畳の中での動きが身についていれば、お茶室の外においても無駄なく美しい身のこなしができるようになります。

もともと畳というものは、現在のように部屋全体に敷き詰めるものではなく、低くて大きな椅子のようなもので、一人用のマットとして使われていたものです。ひな人形内裏雛(だいりびな)が敷いている台が、まさに畳の原型です。ですから、縁があるわけです。この縁に使われた錦の質や柄で、そこに座る人の位がわかるようになっていた。つまり、縁は畳にとって「顔」ともいうべき大事な場所で、だからここを踏まないというのが約束事なのです。さらに、時代が下って、畳が部屋全体に敷き詰められるようになってからは、縁を踏むと畳と畳の合わせ目が撚れたり浮いたりしてズレが生じやすくなるという、実用としての構造的な問題も加わりました。

「なぜ畳のヘリを踏んではいけないのか」は、単にそれが決まりだからとかではなく、このようにきちんと納得のいく理由があるのです。