『九十歳。何がめでたい』 佐藤愛子 

 

めでたく御大増刷

 御年 九十二歳、もはや満身創痍。ヘトヘトでしぼり出した怒りの書。「卒寿? ナニがめでてぇ!」。人間は「のんびりしよう」なんて考えてはダメだということが、九十歳を過ぎてよくわかりました。
 

グチャグチャ飯

今年の六月、ハナが死んだ
ハナは十四年前、北海道の私の別荘の
玄関の前に捨てられていたメス犬だ
私は犬を飼いたいとは思っていない
しかし、人恋しさに足もとに
すり寄っているこの小さき者を
キタキツネの出没する荒野に
放棄することは出来ない

犬の餌は味噌汁の残りを残飯にかけた
「汁飯」と決まっていた
昆布だしを取った後の昆布を
細かく刻んで必ず入れた
前のタローもこの昆布飯で長生きした

しかし十五年目の春が過ぎた頃から
何も食べなくなりお医者さんから
「腎不全」だといわれた
そして何も食べず飲まずに
ある夜、死んだ

あの昆布入り汁飯がいけなかったのか?
思うまいとしても思ってしまう
私の胸には呵責と後悔の暗い穴が開いたままである

ある日、娘が親しくしている霊能の
ある女性からこんなことを聞いて来た
「ハナちゃんは佐藤さんに
命を助けてもらったって本当に感謝していますよ
そしてね、あのご飯をもう一度
食べたいっていってます」
そのご飯がその人の目に見えてきたらしい
「これは何ですか?なんだか
グチャグチャしたご飯ですね?」
不思議そうにその人はいったとか
途端に私の目からどっと涙が溢れたのであった

 

九十歳。何がめでたい

九十歳。何がめでたい

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