窓ぎわのトットちゃん 黒柳徹子

 

窓ぎわのトットちゃん (講談社青い鳥文庫)

窓ぎわのトットちゃん (講談社青い鳥文庫)

 


小学校1年生で退学

「きみは本当は、いい子なんだよ」校長先生は、いつもそう言ってくれた。小学校を1年生で退学になったトットちゃんが、初めて見つけた、本当に好きな場所、それがトモエ学園だった。これは、そこでの大好きな校長先生とお友達と著者のお話なのです。

 

本書は、1981年刊の言わずもがな戦後最大のベストセラーなのだが、もちろんタイトルは知っていたけれど読む機会がなく、今ごろになって初めて読んだ次第。世界35か国で翻訳され、シリーズ累計800万部を記録する名著です。

戦争中であるにもかかわらず、本当に生き生きとした小学校時代。読んでいて、すべての描写が目に浮かんでくる。それは「トモエ学園」の小林宗作校長先生の尊い教育方針に尽きるし、友情を深め合う生徒たちとの交流、そして何よりも愛情に満ちたトットちゃんのお母さんの存在が、今の黒柳さんをつくっているのだなぁ、とつくづく思う。本書で印象に残ったところを少し書き留めておきます。

 

校長先生の考え方の一端

「文字と言葉に頼り過ぎた現代の教育は、子供達に、自然を心で見、神の囁きを聞き、霊感に触れるというような、官能を衰退させたのではなかろうか?

古池や 蛙とびこむ 水の音 ...

池の中に蛙がとびこむ現象を見た者は、芭蕉のみではなかったろうに。湯気たぎる鉄瓶を見た者、林檎の落ちるのを見た者は、古今東西に於いて、ワットひとり、ニュートンひとりというわけであるまいに。世に恐るべきものは、目あれど美を知らず、耳あれども楽を聴かず、心あれども真を解せず、感激せざれば、燃えもせず ... の類である」
この一節だけでも、すべての子どもをありのままに、という教育方針が理解できる。

 

一番わるい洋服

校長先生は、トモエの生徒の父兄に、「一番わるい洋服を着せて、学校に寄こしてください」と、いつもいってた。というのは、”汚したら、お母さんに叱られる”とか、”破けるから、みんなと遊ばない”ということは、子供にとって、とてもつまらないことだから、どんなに泥んこになっても、破けても、かまわない、一番わるい洋服を着させてください、というお願いだった。

 

話はなんにも無い

トモエでは、お昼のお弁当の時間に、毎日違う誰かさんが、ひとり、お話をする。それは、これからの子供は人の前に出て、自分の考えを、はっきりと自由に、恥ずかしがらずに表現できるようになることが、絶対に必要だということから。

ある日、順番が来ても
「しない」といいはる子がいた。
「話はなんにも無い!」と。
校長先生は「君は話が無いのかあ ... 」
「なんにも無い!」本当に話が無いようだった
校長先生は「ハ、ハ、ハ」と笑って、いった
「じゃ、作ろうじゃないか」
「作るの?」びっくりしたようにいった
「君が、今朝、起きてから
学校に来るまでのことを、思い出してごらん!
最初になにをした?」
「えーと」
そしたら校長先生がいった
「ほら、君は『えーと』っていったよ。
話すこと、あったじゃないか。次は?」
すると、その子は頭をポリポリ掻きながら
「えーと、朝起きた」
「それでさあ―」
先生は、じーっと、その子の様子を
ニコニコした顔で、見ていたけど、いった
「いいんだよ、それで。
君が朝起きた、ってことがみんなに
わかったんだから。面白いことや笑わせることを
話したからって偉いっていうことじゃないんだ
『話が無い!』っていった君が
話を見つけたことが、大切なんだよ」
するとその子は、大きな声で、こういった
「それからさあ―」
みんなは、いっせいに身を乗り出した

人前で喋るのが苦手な人は、こんな先生がいたら、きっと皆の前で話をすることが、楽しいことに変わったに違いない。

 

私って、LD(学習障害)だったの?

LDの本には、たいがい私の名前が出ています。(LDとは学習障害、今では発達障害か)これは、どうやら、LD専門の先生や研究者が『窓ぎわのトットちゃん』をお読みになると、私の退学になったあたりが、どうしても、LDっぽい、という事になるのでしょう。学者の先生で論文の一部を送って下さったかたがあって、それは「エジソンアインシュタイン、そして黒柳徹子はLDだった」というのでした。こんな天才とくらべて頂いて、と思いましたが、エジソンも私と同じで小学校を数カ月で退学になり、アインシュタインも、入る学校もなく、どこか変な子、という、その辺りだけが似ているとわかりました。でも、こんな天才と名前を並べて頂けたのは光栄なことでした。でも、私が少し知った事は、本当はLDなのに、親のしつけが悪いとか、努力が足りないとか、自分勝手な子、という風にいわれてきた子が、かなりいるのだ、ということでした。どこか変わった子、という風にも見られてしまう。知的に問題があるわけじゃなく、個性の強い子も多く、得意の分野の勉強の、うんと出来る子供もいる。好きなことは上手。早くLDとわかれば、周りが、その子を理解し、自信を持たせて成長させていく事が出来ますが、そうじゃないと、イジメにあったり、自信をなくしたり、大きくなって、ひきこもりになってしまう事もあるらしいのです。