『イワンのばか』 トルストイ

 

トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)

トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)

 


優れた文学としての民話

 この民話の作者トルストイは「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」などを書いたロシアの文豪です。人間の幸福は、神を信じ、同胞を愛するところから生まれると考えたトルストイは農民の生み出した素朴な民話を、自分の願う理想の芸術として新しい文学によみがえらせました。
 ですから、トルストイの民話は、もとの話しをそのままひき写したものでなく、自分の思想をこめた独自の民話になっています。たとえ幻想的な話であっても、農民の日常生活や会話をきちんと書き込み、どこまでも現実感のある話として再創造しているのです。
 「イワンのばか」は、トルストイ民話の代表作として知られるものですが、キリスト教的愛の心と悪に対する非暴力な、だが容赦のない批判が描かれています。つまりセミョーンは暴力の象徴であり、タラースは金銭欲の象徴であり、そのため二人とも悪魔によってさんざんな目にあわせられます。
 しかし、どこまでもお人好しで働き者のイワンは、悪魔でさえもお手上げです。どんな目にあわされようと抵抗せず、他者のためにつくそうとするイワンの姿こそトルストイの理想とする生き方、いいかえれば、悪には悪をもって報いるのではなく、悪には愛をもって報いるべきとする。トルストイの哲学がしっかりとこめられているのです。
(児童文学者西本鶏介引用)

 

悪人をも救う

 いまから730年ほど前に書かれた「歎異抄」。トルストイの哲学は、そこにある浄土真宗の開祖、親鸞聖人の語録とその解釈を彷彿させます。

善人なほもつて往生をとぐ
いはんや悪人をや
しかるを世のひとつねにいはく
悪人なほ往生す。いかにいはんや善人をや

(善人でさえ浄土に往生することができるのです。まして悪人はいうまでもありません。ところが世間の人は普通、「悪人でさえ往生するのだから、まして善人はいうまでもない」といいます。)

 「悪人」は「煩悩具足のわれら」とも言い換えられます。あらゆる煩悩をそなえている私たちはどんな修行を実践しても迷いの世界から離れられない。阿弥陀仏は、それを憐れに思って本願を起こした、悪人を救うための仏です。だから、その仏に頼る私たち悪人こそが浄土に往生させていただく因を持つ、と考えます。自分で泳げずに溺れている人からまずは救う、という発想。でも、もちろん泳げる人も救いますよ、と付け足す。 
 イエスが「貧しい者、飢えている者、泣いている者、あなたこそが幸せだ。なぜなら神の国は、あなたたちのものなのだから」というのも、まさに宗教的逆説であると言えます。トルストイも、浄土仏教が弱者のための仏道、愚者のための仏道であるのと共通する哲学であり、「信じる」という姿勢こそ、生きる術。「信じる」とは、人間のあらゆる営みのなかで最も強いエネルギーを持ちます。