マイナス50℃の世界 米原万里

 

マイナス50℃の世界 (角川ソフィア文庫)

マイナス50℃の世界 (角川ソフィア文庫)

 

はじめに

二百年も前にシベリアに漂着した日本人たちの足あとをたどって、1984~1985年にTBS取材班が酷寒のシベリアを横断した。中でもヤクート自治共和国(現サハ共和国)は、真冬になるとマイナス50℃以下にもなり、世界一寒い国として知られている。そんな寒さの中で人々はどんな生活を送っているのだろうか。

厳しい自然条件に見事に適応しながら逞しく生活するヤクートの人々。ロシア語同時通訳としてシベリア取材に同行した筆者が、現地でのオドロキの日常生活をレポート。米原万理の幻の処女作になる。

 

釣った魚は、10秒で瞬間冷凍

トイレには屋根がなく、窓は3重窓仕様。冬には気温が-50℃まで下がるので、釣った魚は10秒でコチコチに凍ってしまう。同行した米原万里の鋭い観察眼とユニークな視点で様々な驚きを発見していく。取材に参加した山本皓一と椎名誠による、感動的な写真と解説もたっぷり収められている。

 

大黒屋光太夫のあとを追って

二百年前に、この土地をおとずれたのは大黒屋光太夫という商人。といってもここは目的地ではなく、嵐に見舞われ太平洋を八カ月も漂流した末にたどり着いた先だった。井上靖の小説「おろしや国酔夢譚」のもとになった実話であり、日露合作の映画化にもなっている。当時17名の船乗りのうち無事に日本へ戻ってこれたのはたった2名で、それも出発してから十年後だった。

 

米原万里という人

小さい頃、父親の仕事の都合でチェコプラハに引越す。その父の仕事とはバリバリの共産党員。それも16年にも渡って地下に潜伏(非合法活動)していた。米原が子供の頃、親の自慢合戦では無敵だった。「うちのお父ちゃんはすっごく太ってるんだ。キョーサントーなんだ」。相手はキョトンとしてたずね返してくる。「何だ、キョーサントーって?」。そこで勝ち誇ったように、「そんなことも知らないのか、ジミントーの反対だよ」と言い、相手がさらに困惑の色を濃くしているところにトドメを刺す。「お父ちゃんは、16年間も地下に潜っていたんだ」と。