きょうも読書

言葉の迷路を彷徨う

『山月記』 中島敦 江守徹の朗読

 

作品の魅力を引き出す
江守徹の朗読

 

李陵・山月記

李陵・山月記

 

 

山月記

 山月記は、昭和17年(1942)に発表された中島敦の短編小説です。精緻な文章から今でも高校の国語の教科書などに掲載されることが多いので知名度が高いですね。漢文を書き下ろしたような文章は読むのは難解ですが、聞くと耳に心地よいです。以下はあらすじです。
 若くして高級官僚となった秀才、李徴は詩人として名を残そうと考えて辞職し、詩作に専念した。しかし、これに挫折し仕方なく地方の小役人となったものの、ついに発狂し、消息を絶つ。実は虎に変身していたのだが、翌年のある月夜に旧友の高官、袁蛯に遭遇する。これまでの経緯を話し、自作の詩を書き取ってもらい、妻子には自分は死んだと伝えるよう頼んで姿を消す。

 

なぜ『山月記』なのか

 虎になった李陵が詠む漢詩の一節に「此夕渓山対明月」(今夜、山渓を照らす明日に向かいながら)とあります。ここから採ったものと思われます。

 

虎になった李徴は、再び人間に戻れるのか

Yahoo! 知恵袋に「人間に戻る」ための、こんな素敵な答えが書かれていました。
 李陵は、自分の能力のなさを知ることを恐れ、そのために人と付き合うことも恐れた。ただ、空想の中では自分はすごい、偉いと思い込んでいました。
 その結果、人を見下し、人と距離を置き、自分の世界の中だけで生きていくようになりました。自分の欠点はもう何も見えなくなってしまったのです。
 このように、自分の空想の中で自分を作り上げていくことは、誰にも多少なりとはあるものでしょう。これを『山月記』では「自分の心の中の獣を養う」と表現するのです。李徴は自分の心の中の獣を大きく育ててしまいました。そしてその結果、虎になってしまったのです。もし彼が完全に虎になっていないなら、人と付き合い、人から学び、自分の至らない点を見つめ、それを認め、そしてそれを直していくという生き方を続けていけば、やがては心の中の虎も小さくなっていき、つまり、人に戻ることができるでしょう。

 

江守徹の『山月記』朗読

 中島敦の『山月記』は名作で、ごく短い作品なので、朗読に適しているようです。YouTube にあった江守徹の朗読が、作品の魅力を引き出しています。
 朗読の魅力のひとつは「想像する楽しさ」でしょうか。またこの「想像する楽しさ」は読書の魅力でもあります。それと「表現する楽しみ」もありますね。YouTube などで多くの朗読作品がアップされていますので、手軽に楽しめます。