文学は必ずしも必要ではない?

 

いまさらですが
文学は人生において
必要なものなのでしょうか?

 

 文学は、はたして人生に必要なものなのでしょうか。そのことを検索してみたら、こんな素敵な答えを見つけました。以下に紹介します。

 

文学は必ずしも必要ではない?

 いまは亡き、京都大学文学部教授だった桑原武夫さんのお話です。もともとはフランス文学の専攻で、その分野で数多くの足跡を残されています。
 その桑原武夫さんの著書『文学入門』(岩波新書)には「文学は、はたして人生に必要なものであろうか?」とあります。この設問を実際に京大文学部の試験に出されたそうです。1950年のことです。そのとき京大の学生に、のちに作家となる高橋和巳さんがいました。高橋さんは予想もしなかった試験問題に「文学は必ずしも必要ではない」に近い答えを書いたそうです。

 

読み返すたびに新しい喜びを与えてくれる

 そして、試験が終わってしばらくして「文学入門」が出版されました。その冒頭に「文学は、はたして人生に必要ななものであろうか」とあり、そのあとにこう続きます。
 文学は、はたして人生に必要なものであろうか? この問いは、いまの私にはなにか無意味なように思われる。私はいま二日前からトルストイの『アンナ・カレーニナ』を読んでいるからだ。私がこの傑作に接するのは、おそらく四度目であろう。
 家庭教師のフランス女を誘惑したオプロンスキイが、怒る妻にわびる言葉、”あやまるだけだ。これまでの九年間の忠実が、数分間の不貞をあがなうことは出来ないだろうか?” この”数分間”という言葉の持つ愚かしい露骨さ、したがってそれを聞いたときの妻ドリーの怒り、そうしたことの意味さえとらえられなかった少年時代から、多少の人生経験を経て、たとえば... (略)...  『アンナ・カレーニナ』は読み返すたびにいつも新しい喜びを与えてくれたのだ。レーヴィンはキティと結婚し、アンナは鉄道自殺をするに決まっているのだが、いちいちの描写のあとをたどるのが楽しく、読み上げるまではこの原稿も書き渋る。

 

文学作品が必要でないとしたら

 文学は人生に必要か、などということは問題にならない。もし、このようなおもしろい作品が人生に必要でないとしたら、その人生とは、いったいどういう人生だろう! この傑作を読んだことのある人なら、おそらく私とともに、そう言いたくなるだろう。そして、文学の傑作は『アンナ・カレーニナ』だけではないのだ。
 というのが問題を出した本人、桑原武夫さんの答えです。そう「文学は人生に必要か、などということは問題にならない」とまで、言うわけです。そして、文学以上に人生に必要なものはないのだと。

 

引用先 
文学は、はたして人生に必要なものであろうか?
そう聞かれたら、どう答えますか?
いまジャーナリストとして

 

文学入門 (岩波新書 青版)

文学入門 (岩波新書 青版)