『読書脳 ぼくの深読み300冊の記録』 立花 隆

 

 

「読書日記」6年分を収録

 電子書籍と紙の本では脳の働きが違う。本のデジタル化によって「読む」という行為が、そして「知」の世界が大変貌しつつある。石田英敬東大図書館長と「読書の未来」を語り尽くした対談と「読書日記」6年分を収録。
 知の巨人の幅広い読書は簡単にマネの出来るものではないのですが、本書に紹介されているたくさんの本の中から『モスクワ攻防戦』と『世にも奇妙な人体実験の歴史』の2冊を下記に取り上げてみました。

 

立花隆の本の選び方

 馴染みの書店は、近所の書店2軒と神保町の東京堂書店三省堂書店、新宿紀伊国屋書店東大生協など。選ぶいちばんの基準は広義の「面白い」ということに置いている。娯楽本やフィクションは基本的に選ばない。二十代の頃はけっこうフィクションも読んだが、三十代前半以降、フィクションは総じてつまらんと思うようになり、ほとんど読んでいない。人が頭の中でこしらえあげたお話を読むのに自分の残り少ない時間を使うのは、もったいないと思うようになったから。

 

「読書の未来」対談(抜粋)

石田 キンドルを使っているんですが、新書程度の軽い読み物は充分読めますよ。ただしそれ以上の、たとえば専門書だと、とても読む気になりません。

立花 自分がかつて読んだ本を思い出すと、紙がクリーム色だったか、書体はどうだったか、手触りの感覚はどうかといった即物的なことが妙に記憶に引っかかっています。そういう情報が失われた電子書籍には、あまり近しさを感じられませんね。
でも、紙の本に比べて圧倒的に軽いところが電子書籍のよさですよ。

立花 歳を取って最近よく感じるのは、昔すごく読むのに苦労した本を読み返すとなんでもなく理解できてしまうことです。

石田 私が大学一、二年の学生によくいうのは「100%理解できるような本は読んでもしょうがない」ということです。高校生のときにヘーゲルの『精神現象学』を読みましたが、もちろんちんぷんかんぷんでした。それでも我慢して読んだ。

立花 たしかに人間、わからないものに挑戦しないと、知性が鍛えられませんね。若いときほど知的な背伸びが必要だと思います。

 

『モスクワ攻防戦』

 第二次大戦というと、はじめは独ソ不可侵条約があったから、ソ連は中立的な立場。日本もアメリカも参戦していなかった。第二次大戦はあくまでヨーロッパの戦争としてはじまり、英仏VS独が中心軸だった。すべてが変わるのは、1941年6月、ドイツが不可侵条約を破ってソ連に侵入してから。3~4カ月でモスクワを落としてみせるとヒトラーは豪語した。スターリンは全部隊に「一歩もひくな」と命令を出し、その命令に従わない者は反逆者とみなし、その場で射殺せよと命令した。退却せんとする兵を片っ端から殺した。
 ソ連軍戦死者190万人、ドイツ軍戦死者60万人にものぼった。第二次大戦中最も凄惨な戦いだった。モスクワは陥落寸前まで追いつめられた。しかし、敗北必死のこの状況をひっくり返したのは、10月16日に初雪が降り、間もなく吹雪になった冬将軍の訪れだった。冬服がないドイツ兵はアッという間に戦闘力を失った。戦車装甲車トラックは動きがとれず、飛行機も飛べず、機関銃も凍りついた。
 そこに対日戦争にそなえて満州国境地帯にはりついていた完全冬装備の極東軍がシベリア鉄道で10万人単位で運ばれてきて、一挙に戦局を逆転する。
 この大逆転をもたらしたのは、日本にいたスパイ、ゾルゲの情報だった。ドイツ人だったゾルゲは、駐日ドイツ大使館と日本の政治中枢に深く喰い込み、日ソ戦争の可能性を探っていた。ドイツは日本にソ連と開戦し、ソ連を東から攻めて挟み撃ちにするよう強く求めた。しかし日本は、むしろ南方に進出して、蘭印の石油を取りにいく作戦を優先させる方針を最高レベルで決定した。この情報をゾルゲは近衛首相の側近から得て至急報で伝えてきた。
 このモスクワ戦をきっかけに、英米ソ連支援がはじまり、日独伊と英米ソが対決する第二次大戦の図式ができたのだ。

 

『世にも奇妙な人体実験の歴史』

 私は心臓の冠動脈に疾患をかかえている。カテーテル(ステント)を血管に入れたままにして心筋梗塞を防いでいる。こういう技術を可能にした最初の実験は、1920年代。フォルスマンというインターン医が、馬の首から心臓にカテーテルが挿入されるのを見て、人でもできるはずと、自分の腕の血管を切開して、長さ65cmのカテーテルを挿入した。そのままレントゲン室へ歩いていき、カテーテルを心臓まで導いた。この実験結果がX線写真付きで公表されると、大騒ぎになり、フォルスマンは病院をクビに。それから27年後フォルスマンはノーベル賞を取った。