『ソビエト帝国の崩壊』 小室直樹 40年前のベストセラー本

 

40年前の名著を読んでみて
小室直樹の人となりを
あらためて見てみる


ソビエト帝国の崩壊―瀕死のクマが世界であがく (1980年) (カッパ・ビジネス)

ソビエト帝国の崩壊―瀕死のクマが世界であがく (1980年) (カッパ・ビジネス)

 

 

ソビエト帝国の崩壊を予見

 ソビエト帝国は、『資本論』という一冊の本が生んだ巨大な人造国家である。レーニン、スターリンの天才が育てた人類の夢であった。しかし、実際のソビエトはどうであろうか。平等社会の理念のかげに恐るべき特権階級がいる。彼らの生活の贅沢さは大資本家以上だ。
 ソビエト崩壊(1991年12月)の11年前にソビエト連邦の科学的な分析を通して、内部崩壊の局面に至っていることを論じ、その崩壊を予見した。それだけではなく、現代の日本にも通ずる、日本の各分野での認識の甘さも指摘している。

 今回は、ソビエト帝国の崩壊を10年以上前に予見した小室直樹について、その人となりをあらためて見てみたい。なお、以下の内容はWikipediaからのもので、ほんの一部です。『ソビエト帝国の崩壊』は、1980年(昭和55年)に出版された。

 

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小室直樹(こむろなおき)

 1932年東京都出身。日本の社会学者、評論家。学位は法学博士(東京大学・1974年)。東京工業大学世界文明センター特任教授、現代政治研究所所長などを歴任する。2010年に心不全のため死去。満77歳没。

 

典型的な軍国少年

 1932年、東京都世田谷区生まれ。1937年、5歳のときに同盟通信の記者であった父が死去し、母の故郷である福島県会津若松市に転居する。
 典型的な軍国少年で、日本の敗戦の知らせを聞いたときの悔しさが学問を志す原体験と自身が述べている。母子家庭ということで幼少期の生活はかなり苦しかった。
 福島県会津高等学校入学。高校時代は秀才の誉れ高く、数学、物理などの学力は高校教師を凌ぐほどだった。後に政治家となる渡部恒三と知り合う。
 会津高校時代は昼食の弁当を用意できず、昼休みになるといつも教室から姿を消していた。ある時、それを知った渡部恒三が、自分の下宿に頼んで弁当を2個用意してもらうように手配し、以後、昼食にありつけるようになった。

 

打倒アメリカを目指し京大理学部へ

 会津高校在学中に湯川秀樹博士のノーベル賞受賞を聞くと、日本がアメリカ合衆国を打ち倒し、世界から尊敬を受けることができるようになる国になるための研究ができると思い、京大理学部を志望する。
 1951年に京都大学理学部に入学。受験の際も渡部恒三の父の友人から京都までの旅費を援助してもらったが、滞在中の費用がかさみ、帰途の交通費が無くなってしまう。小室はやむなく京都から福島まで徒歩で帰ってきたという。
 京大では位相幾何学を専攻するが、ジョン・ヒックスの「価値と資本」の解説を書いていた市村真一の論文を読んで、理論経済学に興味を持つようになる。

 

理論経済学から心理学へ

 1955年京大を卒業し、大阪大学大学院経済学研究科に進学。1958年阪大大学院博士課程に進学。1959年阪大大学院を中退し、フルブライト留学生としてアメリカのミシガン大学大学院に留学。ダニエル・スーツから計量経済学を学び、更に奨学金を得て研究を続けた。
 1960年マサチューセッツ工科大学大学院でポール・サミュエルソン他、ハーバード大学大学院ではケネス・アロー他から経済学を学ぶ。しかし、ヒックス、サミュエルソン、アローなどにより理論経済学の研究は完成されてしまったと考え、社会学政治学の理論化を研究しようと決意する。そのためには心理学を学ぶことが有益であると考えた。

 

丸山眞男政治学を学ぶ

 1963年東京大学大学院法学政治研究科に進学。丸山眞男が指導教官となり政治学を学ぶが、小室が心理学ばかり勉強しているので、丸山の弟子の京極純一に預けられた。その他にも、東大のゼミを渡り歩き、中根千枝から社会人類学を、篠原一から計量政治学を、川島武宜から法社会学をそれぞれ学ぶ。
 1965年には高田保馬の『社会学概論』の解説を書いた富永健一から社会学を学ぶ。論文「構造機能分析と均衡分析」では行動主義心理学社会学に応用したパーソンズの構造機能分析を日本で他に先駆けて発表した。

 

小室ゼミのスタート

 1967年からボランティアで、所属や年齢、専攻を問わない自主ゼミ(小室ゼミ)を開講し、経済学を筆頭に法社会学、比較宗教学などを幅広く無償で教授していた。
 小室ゼミには橋爪大三郎宮台真司副島隆彦盛山和夫・志田基与師・今田高俊・山田昌弘大澤真幸らがいる。
 1970年に大塚久雄の近所に引越し、直接マックス・ウェーバーについて学びながら、宗教についての研究を始める。「社会科学における行動理論の展開」で城戸賞受賞。
 1972年東京大学から「衆議院選挙区の特性分析」で法学博士の学位を取得し、東京大学非常勤講師に就任。

 

大学の教授に家庭教師をしていた

 1979年12月、それまで清貧な学究生活を送っていた小室は、自宅アパートで研究に没頭し栄養失調で倒れているところを門下生に発見され病院に運ばれた。しばらく入院し身体は回復したが自身で入院費が払えず、友人知人のカンパで支払う。小室の才能を知る友人の渡部弁護士や山本七平などの勧めで本を出版することにした。
 そして『ソビエト帝国の崩壊』が刊行されベストセラーになり、評論家として認知されるようになる。この後十数年間にわたって光文社のカッパビジネス、カッパブックスより27冊の著作が刊行され、光文社にとって小室の著作群はドル箱になった。ほかに徳間書店文藝春秋などから著作を刊行。こうした著作活動の成功により、経済的安定を得ることができた。ベストセラーを書くまでの主な収入は家庭教師で、受験生のほか、大学の教授にまで教えていた。

 

速読による驚異の読書力

 他の研究者が驚くほどの読書力を持っているようで、本人の話では日本語、英語の普通の本ならば、1時間で読破し、また重要と思われる本は最低10回は読むとのことで、学生にもテキストの徹底した精読をアドバイスしている。長い貧困時代、狭いアパートの部屋にはほとんど本がなく(金がなくて本が買えなかった)「小室は自宅に本をほとんどもっていないのになぜあんなに知識が豊富なのだろう」と友人や教官は訝しんでいたが、実は小室は本屋での立ち読みでこうした速読・精読術を使いこなしており、それによって知識を身につけていた。

 

著書・共著の一部

国民のための戦争と平和
数学を使わない数学の講義
日本教社会学
日本人のための憲法原論
小室直樹の中国原論
日本人のための宗教原論
小室直樹の資本主義原論
経済学をめぐる巨匠たち
痛快!憲法
日本人のための経済原論
危機の構造ー日本社会崩壊のモデル
日本いまだに近代国家に非ず
韓国の悲劇
ソビエト帝国の崩壊
小室直樹の学問と思想
人にはなぜ教育が必要なのか
日本国憲法の問題点
小室直樹の世界
封印の昭和史