きょうも読書

言葉の迷路を彷徨う

大江健三郎の読書論 " time no longer "

 

本書は講演の記録集です
独自の読書論も公開しています

 

 

大江健三郎(おおえけんざぶろう)

 1935年愛媛県出身。小説家。東京大学文学部フランス文学科卒。大学在学中の1958年、「飼育」により当時最年少の23歳で芥川賞を受賞。サルトル実存主義の影響を受けた作家として登場し、戦後日本の閉塞感と恐怖をグロテスクな性のイメージを用いて描き、石原慎太郎開高健とともに第三の新人の後を受ける新世代の作家と目される。

 1994年、日本文学史上において2人目のノーベル文学賞受賞者となった。代表作に『死者の奢り』『万延元年のフットボール』『新しい人よ眼ざめよ』『取り替え子』や、知的障害者である長男(作曲家の大江光)との交流といった自身の『個人的な体験』など多数。映画監督の伊丹十三は義兄。

 影響をうけたものは、ジャン・ポール・サルトルカミュ、ピエール・ガスカール、ドストエフスキー、フォークナー、ウイリアム・ブレイク、イェイツ、T・S・エリオット渡辺一夫山口昌男など。(Wikipedia)

 

本書は講演の記録集ですが、自伝のようでもあり、独自の読書論についても語られています。大江健三郎はむずかしいというイメージがありますが、平易な言葉により、はじめての人でも読みすすめられます。ただし、結構深いのです。(以下は、その一部を抜粋したものです)

 

「本を読むこと」

 来し方をふりかえって、自分がやってきたこととして確実にいえるものを数えてみる。そういう年齢です。そして、数少ないそのなかに「本を読むこと」があります。
 文字を覚えるとすぐ、それも当時のやり方で、カタカナ、ひらがなを覚えると、それを手がかりに自分の周りにある本をなんでも読もうとしました。本というより、文字の書いてある紙ならなんでも!

 

最初の図書館

 はっきり思い出す、きわめて古い情景のひとつは、私にとっての最初の図書館です。そうはいっても、奇妙なというか不思議なというか、本のかたちをしたものはおそらく一冊もなかったある場所なのです。
 私は1日の大半をそこにこもって、狭いところを這いずりまわって、部屋の壁の、半ばから裾に張りめぐらしてある、古い雑誌のページを読んでいたのでした。裏の離れの、祖母の部屋です。

 

「人生を生きること」の始まり

 漢字が使われている部分は読めないはずですが、たいていルビがついています。そこで二、三行の文章を、それをまっすぐタテに張りつけられているのじゃない紙に、頭をねじったり、上半身さかさまにしたりの格好で読む。そこに、情報の切れっぱし、小説の場面、そしてまれに漫画や絵物語がふくまれているのですが、夢中になる面白さだったのです。
 これが私の「本を読むこと」のはじめです。その間も、私の「人生を生きること」は始まっていました。この部屋の、自分の周りの壁に張りつけられた紙の文字を読んでいることができる。その状態は、すぐにも壊れるものにちがいないと子供心にも知っているだけに、金色に輝いているような至福感があったのです。
 いま、あらためて記憶をなぞるようにしてみて、これが私の「本を読むこと」と「人生を生きること」の、あまり好きな言葉じゃありませんが、原点だった、という思いがひしひしとします。

 

言葉の迷路をさまよう

 子供の時、私たちが本を読むということは、たいていいつも、はじめて読む本を読む・新しい本を見つけることはじつに難しかったのですが、それでもなんとか見つけだしては読んでいたのです。
 そしてあのころ、そのような読書、つまり一体どのようにこの物語が発展するのか、読んでゆけばどんな思いがけない待ち伏せに遭うのか、そういうことがわからないまま進めた読書にも、それとしての意味はあったと私はいま確信を持って思います。
 つまり、言葉の迷路をさまよっているような読み方にも、意味はあるのです。なによりそれは面白い、ドキドキするほどのことですらありますしね。

 

リリーディングは別の経験

 しかし多くの本を読みかさね、人生を生きてきもして、ある一冊の本が持ついろんな要素、多様な側面の、相互の関係、それらが互いに力をおよぼしあって造る世界の眺めがよくわかってから、あらためてもう一度その本を読む、つまりリリーディングすることは、はじめてその本を読んだ時とは別の経験なのだ、とフライ(カナダ生まれの文学理論の専門家)はいうんです。そのような読み方だと、なによりもまず、よくわかるし、この本はこうした方向に深めてゆくようにして読み進めればいいんだよ、はっきり意識して、そのとおりに読むことができる、というわけです。
 そのような読書は、自分の人生の探求に実り多いものとなります。とくにそうした探求が切実に必要な人生の時になって、本当に役に立つ読書の指針・仕方です。つまり、「もう時がない ...」としみじみ感じとる大人にとっては、そうした読書が必要なんです。

 

「もう時がない ...」

 まずはじめての本として良い本を読む、ということは大切です。それがなければ、やがてやるリリーディングにも意味はありません。フライのいうとおり、真面目な読者とは、「読みなおすこと」をする読者のことです。さらに私はそれが、自分の人生の「時」のつみかさねの後で、やがてこの本をリリーディングするだろうとあらかじめ感じとりながら、はじめての本を読む読者のことでもあると思います。
 そのような真面目な読者の耳には、「もう時がない ...」― それは聖書の「黙示録」のなかの ” time no longer ” という言葉の訳ですが、― という声が響いているはずです。子供の時から老年の現在まで、いつもその声に耳をかたむけながら本を読んで生きてきた・そのように感じている者として、お話ししました。

 

「人生を生きること」の最初の幸福

 私の「本を読むこと」はそのように貧しい環境ではじまりました。都会の、中流家庭で育った ― 上流の、というような子供のことは思い浮かべるのも難しいのですが ― 同じ世代の人たちの子供時代の読書に比較はできません。
 たとえば私の家内は、草創期からの映画監督で教養のあった父親と、読書のためのひまと能力を持っていた母親との娘で、幼・少女期の読書は、宮澤賢治を中心としたものでした。
 しかし、どういうわけかというより、家庭の生活水準のせいのように思いますが、私には宮澤賢治と出会うチャンスはありませんでした。読書のひまも、教養もなかった ―  少なくとも「本を読むこと」を基盤としたものとしては ―  母親が、戦中・戦後の困難な時期に、『ニルス・ホーゲルソンの不思議な旅』と『ハックルベリー・フィンの冒険』を松山で見つけてきてくれたことが、私にとって「人生を生きること」の最初の幸福でした。

 

本屋も図書館もなかった

 私の幼・少年期の読書をふりかえってみて、その基本のトーンをなしているのは、いかに本を見つけるか・どうしても見つけぬわけにはゆかないのだが、という切迫した欠乏感です。そして手にいれた本は、徹底的に読みつくさずにいない貪欲さです。よく自分が本を盗むことをしなかったものだ、とつくづく思うほどですが  ―  その点ではありがたいことに  ―  私が生まれ育った環境には本屋も図書館もなかったのです。