きょうも読書

言葉の迷路を彷徨う

『春の雪 豊饒の海(一)』 三島由紀夫

 

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

 

 

あらすじ

 維新の功臣を祖父にもつ侯爵家の若き嫡子松枝清顕と、伯爵家の美貌の令嬢綾倉聡子のついにむすばれることのない恋。矜り高い青年が、<禁じられた恋>に生命を賭して求めたものは何であったか? 大正初期の貴族社会を舞台に、破滅へと運命づけられた悲劇的な愛を優雅絢爛たる筆に描く。現世の営為を越えた混沌に誘われて展開する夢と転生の壮麗な物語「豊饒の海」第一巻。

 

ミステリアスな文体に魅了される

 「テルマエ・ロマエ」のヤマザキマリは、海の向こうで日本語に飢えていたときに出会い、まずそのミステリアスな文体に魅了されたという。絢爛豪華なのに情緒に寄りかからない理知的な美しさは、日本的というより、むしろ海外の作家のようだと。まるで知恵の輪のようなねじれがそこにあって、独特の美しさは、解けない謎のような、そのねじれから発せられているような感じ。一作一作が、理想と現実、精神と肉体の花火を散らす真っ向勝負。つまり『豊饒の海』は闘い抜いてきた作家が最後の幕引きとして書いた小説だった。

 

三島の生涯をかけた遺作

 このうえもなく、美しく優雅な悲しみに満ちた壮大な物語は、全四部作で1700ページを超える。ルビはあるものの漢字や比喩も多く、敬遠されがちだが読み進むにつれて、もう後には引けない、三島文学にハマってしまう。ちょっと面倒くさい男、清顕が物事をどんどん複雑にしていくように感じるも、全てにおいて描写が芸術的で美しい。死や仏教、輪廻がテーマになっているが、四作目の「天人五衰」で全てを虚無にし、市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地での自死を選んだことで、結局はどこにもたどりつけない、三島の生涯をかけた作品だったのか。これを読まずして「恋愛小説が好き」とは言えない?

 

登場人物

松枝清顕(18~20歳)第一巻の主人公。松枝侯爵家の一人息子。「又、会ふぜ。きつと会ふ。滝の下で」と本多に言い残し、20歳で夭折(ようせつ、若くして死ぬこと)

綾倉聡子(20~22歳)羽林家綾倉伯爵家の一人娘。かつては清顕と姉弟のように育った。清顕より2歳年上。のちに月修寺に出家する。

本多繁邦(18~20歳)清顕の親友。判事の父を持ち、法律の勉強をしている。清顕と聡子の逢引きの手助けをする。全巻にわたって登場し、主人公の転生に居合わせる副主人公。あるいは主人公。このシリーズ全体のキーパーソン。

松枝侯爵(41~43歳位)清顕の父。新華族となり、由緒ある華族の綾倉家の雅にあこがれる。豪放な性格。

松枝侯爵夫人・都志子 清顕の母。現実的で鈍感な心性。

月修寺門跡(老年)聡子の大叔母。松枝邸庭園の滝口で死んでいた黒犬を弔う。のちに出家を希望する聡子を迎え入れる。月修寺は奈良の圓照寺(円照寺)がモデル。
*門跡とは皇族・公家が住職を務める特定の寺院あるいは住職のこと。

松枝侯爵の母(老年)清顕の祖母。邸内の離れに住んでいる。聡子を妊娠させた清顕に、宮様の許婚を孕(はら)ましたとは天晴れだね、さすが清顕はお祖父様の孫だ、と褒める。

みね 松枝家の女中。松枝侯爵のお手つき。尻軽で朗らかな娘。のちに暇を出され、飯沼茂之と夫婦となる。

飯沼茂之(23~24歳)松枝家の清顕付きの書生。清顕と蓼科に女中みねとの仲をとりもってもらったのと交換に、清顕の腹心となる。みねとの仲が侯爵に漏れ、松枝家を出て、のちに女中みねと夫婦となる。

蓼科(62~64歳)綾倉家の仕える老女。聡子付き女中。清顕と聡子の逢引きの手助けをする。過去に主人の綾倉伊文伯爵と関係を持ったことがある。

綾倉伊文伯爵 聡子の父。怪我や病気を極端に恐れる潔癖症。かつて松枝侯爵から無意識で言われた、はずかしめに傷つき、松枝侯爵の紹介した縁組に聡子を処女で嫁がせるなと蓼科に命じていた。

綾倉伯爵夫人 聡子の母。

パッタナディド殿下(ジャオ・ピー) (18~19歳)シャムの王子。ラーマ5世の息子。日本に留学し、学習院に遊学する。いとこのクリッサダ殿下(クリ)の妹・月光姫が恋人。姫の餞別のエメラルドの指輪を学習院寮で無くしてしまう。

クリッサダ殿下(クリ) (18~19歳)パッタナディド殿下のいとこ。ラー4世の孫。同い年のクリッサダ殿下と一緒に日本に留学する。妹は月光姫。

洞院宮冶典王(25~26歳)皇族。近衛騎兵大尉。勇武を好む。聡子と婚約し、婚姻の勅許(ちょっきょ)が下りる。聡子より4歳年上。

新河男爵(34歳)豪商。薩長政府と持ちつ持たれつの仲。日本の風習を嘲笑し、英国流を旨とする。

新河男爵夫人 新しもの好きで、夫に習い英国流の新しい思想を旨とするが、思想的なことは何一つわからぬ夫人。