きょうも読書

言葉の迷路を彷徨う

樋口一葉 『たけくらべ』 奇蹟の十四か月

 

森鴎外幸田露伴も絶賛
奇蹟の十四か月

 

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)

 

 

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 樋口一葉(ひぐちいちよう)
1872年(明治5年)東京内幸町生まれ。本名は奈津。学問好きだった父の影響を受けてか、一葉も少女時代から読書好きで文才に長けていたという。14歳で女流歌人・中島歌子の私塾「萩の舎(はぎのや)」に入門。父が事業に失敗して多額の負債を抱えたまま死去したため、一葉は一人で家計を支えることを余儀なくされていたが、萩の舎の姉弟子の成功を知り、女流作家として執筆活動で生計を立てることを志す。
小説家の半井桃水に師事し、自らが体験した貧困生活をもとにした『大つごもり』のほか、『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』などの傑作を発表する。こうして我が国初の女流職業作家となった一葉だが、経済的に恵まれることは最後までなく、肺結核で24歳の短い生涯を閉じた。

 

 

不朽の名作「たけくらべ

 古い浅草吉原の四季のなかに、美登利、信如、正太郎ら少年少女の日常と幼い恋心から大人に移り変わる心理を、女流作家ならではの肌理細かな観察と流麗な筆致で浮き彫りにした、明治文学不朽の名作「たけくらべ」。

 

たけくらべ』あらすじ

 主人公の美登利(みどり)は吉原に住んでいる14歳の女の子で、ゆくゆくは遊女となり客をとっていく身。美登利は正太郎という少年とよく遊んでいましたが、心の中では同じ学校の寺の息子の信如(のぶゆき、しんにょ)が気になっていた。
 ある日、運動会で木の根につまづいた信如を見た美登利は、自分のハンカチを信如に渡そうとします。それを見ていた同級生が、ふたりをからかったので信如は噂になるのを嫌がって、美登利を無視してしまいます。その態度を見た美登利は信如に嫌われているのだと思い込んでしまいます。そんな美登利に、ある出来事がおこります。髪を島田髪に変えられてしまったのです。
 それは美登利が大人になって吉原で遊女になる準備が進んでいるということ。複雑な気持ちの美登利はそれ以来、正太郎とも遊ばずに家で引きこもりがちになってしまいます。そんな日々を送っていた時に、美登利の家に水仙の造花が投げ込まれてきました。
 誰が、そんなことをしたのかは分からなかったのですが、美登利は水仙をみて懐かしい気持ちになって、その水仙を部屋へ飾ります。後から聞いた話ですが、その翌日は信如が吉原から離れた仏学校へ行く日だったのです。
 のちに美登利は遊女に、信如は僧侶になってしまいます。大人になってしまえば、出会うことのないふたり。そんなふたりの思春期の微妙な気持ちが描かれた作品です。淡く儚い幼いころの恋。美登利のこれからの運命を思うとあまりにも切ない物語です。
 一葉は、男とか女とか、幸せとか、生きざまとかではなく、さらに一人の人間、ひとつの社会、ひとつの時代というものを超越した何かを見つめていたのかもしれません。
 

奇蹟の十四か月

 樋口一葉を「明治が生んだただ一人の天才」と小島政二郎は書いた。『大つごもり』から『たけくらべ』完結までの”奇蹟の十四か月”を書き上げ、そのままたった24歳で逝ってしまった一葉。森鴎外幸田露伴斎藤緑雨の三人は「文学界」に断続的に発表されていた作品を絶賛した。
 一葉がなぜ小説を書いたか、それは貧窮のためでした。家計が倒壊し、エリートコースを歩んでいた父親の事業が失敗し、家督を継ぐべき兄が死に、つづいて父親も病没、一葉は母親と妹を抱えて生計に走らなければならなかった。裁縫・洗い張りで生計をしのぐのが精一杯で、それなら親友の田辺花圃が小説で収入を得たというので、ひょっとしたら自分も家計を稼げるのではないかと思った。発奮して小説を書くが、なかなか評判に至らない。また駄菓子屋を始めるもうまくいかなかった。
 明治27年12月に『大つごもり』を発表、その1か月後には『たけくらべ』の連載を始めた。”奇蹟の十四か月”の出奔だった。