『源氏物語』② 紫式部 人生の指南書

 

恋愛小説としてだけじゃない
権力者たちの教養書
人生の指南書

 

源氏物語』の概要とあらすじ

 全54帖にわたる長編小説で、それぞれの帖に「桐壷」や「帚木」「空蝉」といったタイトルがつけられています。主人公となるのは、光源氏。才能あるイケメンで、しかも天皇の子。しかし、母の身分が低かったがために皇族にはなれず、臣下となり「源」姓を賜った過去を持つ。光源氏の恋を中心にストーリーは展開していくのですが、とにかくモテるうえ、ガッツリ肉食系。義理の母や、義理の母の姪、人妻、通りかかった家の娘など、数多くの女性と愛を交わしていく。現代日本の倫理観では完全にアウトですが、そこは色恋に奔放な平安時代。ドラマチックすぎるストーリーを通して、人を愛する慶びと悲しみが浮き上がってくるのです。
 やがて光源氏天皇に准ずる地位まで上りつめ、我が世の春を謳歌。しかし時は残酷なもの。妻が不義の子を産み、愛する人が去り、という悲運つづきに光源氏は失望して出家の準備をします。物語の中心は妻が生んだ血のつながらない息子、薫の恋愛模様へと移り、彼の恋は無情にも実らぬまま、一大巨編は幕を閉じるのでした。

 

君子論としての『源氏物語

 日本史上もっとも優美で平和だった400年、平安時代の豊かで充実した生活を回復できる黄金のテキストとして読み継がれました。
 『源氏物語』は、どうしても長編恋愛小説といわれていますが、時代の権力者たちが君子論としても読んでいるんです。平清盛鎌倉時代末期の後醍醐天皇(在位1318~1339年)、室町幕府3代将軍・足利義満豊臣秀吉徳川家康もそうですね。

 『源氏物語』を手がかりとして、途絶えていた宮中行事が復活した例もあります。そしてその行事は、現在の皇室にも受け継がれているというから驚きです。

 物語が、政治のお手本として読まれていきます。それに加えて、一度は臣下に下りながらも天皇に准ずる位まで上りつめた光源氏をモデルケースとしたんですね。清盛も義満も家康も武家の出身。彼らが権力を手にし、公家と渡り合うためには、やはり教養が必要だったのでした。

 自分に地位がないなら、光源氏になればいい。『源氏物語』は、教養と同時に権力者としての生き方も授けてくれる、ありがたいリーダー論ともなったのです。特に執心だったのは、江戸幕府を開き、久しぶりの平和を日本にもたらした徳川家康。『源氏物語』をモチーフとする能を得意とし、豊臣家との天下争いのまっただなかに写本の伝授を4回も受けている。王朝文化の保護を天皇や公家にアピールすると同時に、徳川家がすべての王朝文化をコントロールしていくことを宣言することが目的だったといいます。

 

受け継がれるストーリー

 『源氏物語』は読み手によって、さまざまな表情を見せる小説でもあります。教養書としての性格を基本としながらも、権力者にとってはリーダー論、年頃の女性にとっては恋心の指南書。江戸時代は大名の子女の嫁入り道具となり、当時の女性の生き方、仕え方のハウツー本としても活躍しました。
 時代ごとに絵巻物や能、歌舞伎、落語、春画など他メディアのモチーフとなり再生産されてきたというのも特徴的です。

 『源氏物語』はその都度、リアルタイムで読まれてきました。現代でも宝塚の舞台や歌舞伎、映画、マンガになっています。壮大なスケールで描かれるストーリーの緻密さと面白さが、受け手の心を掴んで離さない。本来の形である文学にもどっても、谷崎潤一郎瀬戸内寂聴林望といった名文の担い手たちが、自分の言葉で物語を紡ぎなおし出版しています。

 

昔も今も変わらない人生の指南書

 古文のままで読むのも、もちろん大切ですが、なぜ千年も読み継がれてきたのかを考えると、現代語訳でもほかのメディアでもいいと。描かれている人間くささや生き方は、現代と共通している部分も多い。
 男性から和歌を贈られても、気に入らないと ” 既読スルー ” しちゃうんです。返事をするにも、がっついているように思われたら嫌だからとタイミングを図ったり。ライバルと鉢合わせたり、相手選びに失敗したり。
 平安も平成も変わらない、人間模様と恋の駆け引き。『源氏物語』には、先人たちが拠りどころとした生きるためのヒントがギュッと詰まっているのです。恋愛や人生に迷ったとき、世界初の長編小説に触れてみてはいかがでしょうか。

 

JAPAN CLASS 引用

 

源氏物語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

源氏物語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

 
マンガでわかる 源氏物語 (池田書店のマンガでわかるシリーズ)

マンガでわかる 源氏物語 (池田書店のマンガでわかるシリーズ)

 

 

 

アルチンボルト展 国立西洋美術館(東京・上野)

 

アルチンボルトの顔芸は
計算ずくの奇妙さ

 

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国立西洋美術館

 

葛飾北斎歌川国芳とアルチンボルト

 雨の降る平日にもかかわらず、国立西洋美術館は大勢の人。入場者が30万人を超えたそう。江戸末期の葛飾北斎歌川国芳のだまし絵を思い浮かべるが、表現の自由を求め、風刺したものに対し、こちらは宮廷画家として知識階級に好かれたというのが面白い。

 

ハプスブルク家の宮廷画家として

 宗教画や肖像画に特筆する才はなかったが、博物学的な知識を駆使し、独自の肖像画を編み出した。緻密に描いた動植物などパズルのように組み合わせて人の顔を構成する。一度見たら忘れられないその奇抜な絵画が、当時の知識階級に面白がられ、ハプスブルク家に宮廷画家として重用された。

 

ジュゼッペ・アルチンボルト(1527〜93年)
 イタリア出身。野菜や魚、書物などを組み合わせた肖像画で知られる奇想の画家。16世紀後半のヨーロッパでハプスブルク家の宮廷画家として活躍した。世界各地の美術館が所蔵するアルチンボルトの油彩十数点や素描を中心に、関連する作品も含め約100点を展示。

 

 

 

 

『たけくらべ』 樋口一葉 奇蹟の十四か月

 

森鴎外幸田露伴も絶賛
奇蹟の十四か月

 

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Wikipedia引用

 樋口一葉(ひぐちいちよう)

 1872年(明治5年)東京生まれ。本名は奈津。学問好きだった父の影響を受けてか、一葉も少女時代から読書好きで文才に長けていたという。14歳で女流歌人・中島歌子の私塾「萩の舎(はぎのや)」に入門。父が事業に失敗して多額の負債を抱えたまま死去したため、一葉は一人で家計を支えることを余儀なくされていたが、萩の舎の姉弟子の成功を知り、女流作家として執筆活動で生計を立てることを志す。
 小説家の半井桃水に師事し、自らが体験した貧困生活をもとにした『大つごもり』のほか、『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』などの傑作を発表する。こうして我が国初の女流職業作家となった一葉だが、経済的に恵まれることは最後までなく、肺結核で24歳の短い生涯を閉じた。

 

不朽の名作「たけくらべ

 古い浅草吉原の四季のなかに、美登利、信如、正太郎ら少年少女の日常と幼い恋心から大人に移り変わる心理を、女流作家ならではの肌理細かな観察と流麗な筆致で浮き彫りにした、明治文学不朽の名作「たけくらべ」。

 

たけくらべ』あらすじ

 主人公の美登利(みどり)は吉原に住んでいる14歳の女の子で、ゆくゆくは遊女となり客をとっていく身。美登利は正太郎という少年とよく遊んでいましたが、心の中では同じ学校の寺の息子の信如(のぶゆき、しんにょ)が気になっていた。
 ある日、運動会で木の根につまづいた信如を見た美登利は、自分のハンカチを信如に渡そうとします。それを見ていた同級生が、ふたりをからかったので信如は噂になるのを嫌がって、美登利を無視してしまいます。その態度を見た美登利は信如に嫌われているのだと思い込んでしまいます。そんな美登利に、ある出来事がおこります。髪を島田髪に変えられてしまったのです。
 それは美登利が大人になって吉原で遊女になる準備が進んでいるということ。複雑な気持ちの美登利はそれ以来、正太郎とも遊ばずに家で引きこもりがちになってしまいます。そんな日々を送っていた時に、美登利の家に水仙の造花が投げ込まれてきました。
 誰が、そんなことをしたのかは分からなかったのですが、美登利は水仙をみて懐かしい気持ちになって、その水仙を部屋へ飾ります。後から聞いた話ですが、その翌日は信如が吉原から離れた仏学校へ行く日だったのです。
 のちに美登利は遊女に、信如は僧侶になってしまいます。大人になってしまえば、出会うことのないふたり。そんなふたりの思春期の微妙な気持ちが描かれた作品です。淡く儚い幼いころの恋。美登利のこれからの運命を思うとあまりにも切ない物語です。
 一葉は、男とか女とか、幸せとか、生きざまとかではなく、さらに一人の人間、ひとつの社会、ひとつの時代というものを超越した何かを見つめていたのかもしれません。
 

奇蹟の十四か月

 樋口一葉を「明治が生んだただ一人の天才」と小島政二郎は書いた。『大つごもり』から『たけくらべ』完結までの”奇蹟の十四か月”を書き上げ、そのままたった24歳で逝ってしまった一葉。森鴎外幸田露伴斎藤緑雨の三人は「文学界」に断続的に発表されていた作品を絶賛した。
 一葉がなぜ小説を書いたか、それは貧窮のためでした。家計が倒壊し、エリートコースを歩んでいた父親の事業が失敗し、家督を継ぐべき兄が死に、つづいて父親も病没、一葉は母親と妹を抱えて生計に走らなければならなかった。裁縫・洗い張りで生計をしのぐのが精一杯で、それなら親友の田辺花圃が小説で収入を得たというので、ひょっとしたら自分も家計を稼げるのではないかと思った。発奮して小説を書くが、なかなか評判に至らない。また駄菓子屋を始めるもうまくいかなかった。
 明治27年12月に『大つごもり』を発表、その1か月後には『たけくらべ』の連載を始めた。”奇蹟の十四か月”の出奔だった。

 

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)

 

 

 

憲法を知ると世の中の見方が変わる

 

知らないでは済まされない
憲法の内容や成り立ち

 

国の基本を定めたルール

 憲法は、国の基本を定めたルールです。法律とは違います。どこが違うのか。法律は国民が守るべきルール。しかし、憲法は国の仕事をする人が守るべきルールです。
 国の権力は、日本では、立法(国会)、行政(内閣)、司法(裁判所)の3つに分かれ、これが三権分立です。それぞれの仕事をする人は、権力を行使することになるので、憲法を守らないといけません。

 

国民の人権を守るため

 なぜ憲法は、私たち国民ではなく、国が守るべきルールなのか。これは憲法とは何かを考えることにつながります。憲法の本質は、国を縛ることです。国とは、国家権力のこと。日本でいえば、三権(立法権、行政権、司法権)を担う人が、憲法に縛られるのです。なぜ、縛るのか。それは、憲法で権力を縛らないと、私たち国民の人権が侵害される危険があるからです。実際、戦前の日本でも、世界の歴史をみても、かつては国家権力(皇帝や王様など)によって、国民の人権が制限を受けていた時代がありました。

 

憲法の本質を知ること

 国民の人権を保障するために、国家権力を縛るルール。これは「近代立憲主義憲法」とも呼ばれます。日本の憲法では、その9条が平和主義を定めて戦争を放棄していますね。これは戦争に負けた歴史から刻印されたものです。もちろん、平和主義はきわめて重要です。しかし、それだけにとらわれず、憲法の本質を知ることが重要です。
 将来、日本でも国民投票憲法改正の是非を問うことがあるかもしれません。その1票が私たちにもあるのです。それは「主権者としての国民」に認められた1票なのです。

 

日本がどんな国か知りたい

 憲法を知ると、国のしくみがわかります。その国の歴史も垣間見ることができます。世界の憲法と日本の憲法を比較すると、日本がどんな国なのかもわかってきます。必然的に、戦争などの負の歴史も目撃することにもなります。その延長に、いまの私たちがいることもわかってくるでしょう。憲法を学ぶと、世の中のしくみがわかってくるのです。

 「でも憲法って条文がたくさんあって、むずかしそう」と尻込みしてしまいそうですが、下記に紹介した書籍は、憲法について非常にわかりやすく説明されています。日本と天皇の関係や、戦争の放棄、自衛隊の誕生、集団的自衛権憲法改正などについて、中学生にもわかるように書かれています。

 

『マンガでわかる日本国憲法』引用

 

マンガでわかる日本国憲法 (池田書店のマンガでわかるシリーズ)

マンガでわかる日本国憲法 (池田書店のマンガでわかるシリーズ)

 

 

 

『ぼくはこんな本を読んできた』② 立花隆の読書論

 

 本書には知的好奇心のすすめや読書論、書斎、仕事場論などについて語られ、また立花隆の中学生のときの作文(読書記録)も披露されています。今回は本書から「見当識」という言葉についてと、紹介されている本のなかで『豊臣秀吉朝鮮侵略』を取り上げます。

 

見当識」という言葉

 医学の世界には「見当識」という言葉があります。病院で患者の意識レベルがどんどん低くなっていったときに、それがどのくらいのレベルにあるかを判断するために、まず、見当識の調査をやるんですね。これは非常に単純な質問で調べられるんです。患者さんに「ここはどこですか」と聞く。それから「あなたは誰ですか」「いまはいつですか」と聞く。そういう3つの質問をするんです。これが見当識の調査なんです。

 「ここはどこ」というのは、空間的に自分を定位づけるということですね。「あなたは誰」というのは、50億の人間が住んでいる人間社会の関係の中で、自分という人間を定位づけるということです。この3つの定位づけをきちんとできる人が、正常な意識を持った人間とされるわけです。

 この質問に答えられずに、「ここはどこ」と聞いても、そこがどこだか答えられない人は、意識レベルがかなり低下していると判断されるわけです。病院の検査では「ここはどこ」と聞いて、「〇〇病院」と答えればいいことになっています。また「あなたは誰」という質問には名前を言えばいいし、「いまはいつ」という質問には日時を言えばいい。けれどもそれが、本質的な意味でこれらの質問への答えになっているかというと、まったくそうではない。「ここはどこ」という問いをどんどん問いつめていったら、この宇宙というのはどういう世界なのかということを考えざるを得ない。また「あなたは誰」という問いにも、本質的に答えようと思ったら、無限の説明が必要になるわけです。「いまはいつ」というのも同じことです。そもそも時間というものは、人間にはぜんぜんよくわかってないわけですね。

 実はこの3つの見当識に対する答えというのは、人類が人類史の総体をかけて、なんとか探り出そうとしてきた目標そのものなんですね。本質的な意味では、その答えはいまだ得られていない。得られていないからこそ問い続けて、どんどん知的欲求を膨らませていく結果になったわけです。この3つの質問に、本当に深いレベルで答えようとしてきたことが、われわれのすべてのサイエンス、文化、文明というものをつくってきた原動力になってきたのではないかと思います。そういう意味において、知的欲求を持つということは、ヒトの社会を支える基盤そのものであり、一人ひとりの個人にとっても、これはものすごく大事なことなんです。

 

豊臣秀吉朝鮮侵略

 戦争責任問題などで、日本と韓国の間に摩擦が起きるとすぐに、向こうの人の反応に、日本は豊臣秀吉以来朝鮮を侵略してきた侵略国家だというような声が出てくることが多い。何もそんな昔のことまで引っぱり出さなくてもいいではないかと思っていたが、本書を読むと、韓国人の間にそういうこだわりが残っているのも無理はないという気がしてくる。

 秀吉の「尽く彼国人を殺し、彼国をして空地となさん」(小早川秀秋に与えた指示)という命令に従って、どんどん朝鮮人が殺されたのである。朝鮮人を殺した数が戦功となった。その数を確認するため「鼻切り」が行われた。切った鼻を軍目付のもとに差し出し、数を確認して鼻請取状をもらった。その鼻請取状が今でも残っており、写真版で収録されている。鼻は塩漬けにして石灰をまぶし、壺に詰めて秀吉のもとへ送られた。鼻は死体から切り取っただけでなく、生きてる人の鼻もどんどん切った。そのために「其の後数十年間、本国の路上に鼻無き者、甚だ多し」と当時の資料にある。

 また人狩りもさかんに行われた。朝鮮人強制連行がこの当時から行われたわけだ。朝鮮から撤退する日本軍の船には、日本兵と、強制連行される朝鮮人がほぼ半々だったという。それが本当なら、朝鮮遠征の日本軍は約14万人(第二次出兵)だったから、大変な数の朝鮮人が連行されたわけだ。連行された朝鮮人は主として農業労働者として働かされたが、かなりの数がポルトガルの奴隷商人に売られ、ヨーロッパに転売されたという。

 追記(耳塚・鼻塚)
 日本軍は戦果の証拠として朝鮮兵士や民衆の鼻だけでなく、耳もそいで秀吉のもとへ送り届けた。そのとき送られた2万人分の鼻や耳が、京都の豊国神社近くの耳塚に埋められたという。

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京都市東山区(耳塚・鼻塚)Wikipedia


 
 

ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論 (文春文庫)

ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論 (文春文庫)

 

 

 

『銀河鉄道の夜』 宮沢賢治 それは哲学

 

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宮沢賢治童話の代表作

銀河鉄道の夜』は、宮沢賢治の童話作品。孤独な少年ジョバンニが、友人カムパネルラと銀河鉄道の旅をする物語で、代表作のひとつです。

 

銀河鉄道の夜』の最終形と初期形

 宮沢賢治は死後、その代表作となる『銀河鉄道の夜』に、度重なる推敲を重ね、4つの形の原稿を遺しました。研究者の綿密な調査の結果、推敲が最も後のものと思われるものを最終形とし、その前のものを[初期形]と呼びます。この初期形の第三次稿には、そのおしまいにブルカニロ博士なる人物が登場しています。
 賢治の死によって推敲は止まり、夥しい数の原稿のまま遺されたその作品群は、いまもなお多くの謎と魅力にみちています。

 

主な登場人物

・ジョバンニ
 主人公の少年。貧しい家庭に育ち、母は病に臥せっている。家計を支えるため、学校に通いながら働く、健康かつ孤独な少年。父親は長らく家を不在にしている。

・カムパネルラ
 ジョバンニと同じ学校のクラスメイト。ジョバンニとは反対の裕福な家庭に育つ。ジョバンニが家庭環境のことで同級生にからかわれるのを気にしつつも気の毒に思い、見ているしかできない。

・ザネリ
 ジョバンニとカムパネルラの同級生。ジョバンニの父親の悪い噂を持ちだして、ジョバンニをからかっている。

・ブルカロニ博士
 初稿から第3次稿まで登場したが、第4次稿では全てのシーンがカットされた。銀河鉄道内では、どこからともなく声が聞こえるか、乗客として現れる。ジョバンニにものの見方や考え方などを指し示す。

 

銀河鉄道の夜』のあらすじ

 父親のことで同級生たちにからかわれている孤独な少年ジョバンニは、ある夜ひとりで星空を眺めていました。
 すると「銀河ステーション」というアナウンスとともに、まぶしい光に包まれ、気が付くとカムパネルラとともに銀河鉄道に乗り込んでいたのでした。二人は銀河鉄道に乗って、星を巡る旅を楽しみ、そこでさまざまな考えや生き方をする人々に出会います。
 旅の終わり、二人は旅の途中で聞いた「本当の幸い」のために一緒に歩んでいこうと誓うのですが、カムパネルラは意味深な台詞を残して、いつの間にか姿を消してしまいます。
 夢から覚め、ひとり草むらで目を覚ましたジョバンニが町へ向かうと、カムパネルラが川に落ちたザネリを助けようとして溺れてしまい、行方不明になったことを知ります。
 そしてその瞬間、カムパネルラの言葉が何を意味していたのかを悟るのです。自分は死んでしまったけれど、友を救うという良いことをした。だからきっと僕が死んでしまってもお母さんは許してくれるだろう ...
 カムパネルラの父親はジョバンニに、ジョバンニの父がもうすぐ帰ってくるという手紙が来たことを告げる。ジョバンニが、父からの知らせを持って母のもとへ帰るところで物語は終わります。

 

哲学的な生きる意味を示唆

 孤独で世界に居場所のない少年ジョバンニが、銀河鉄道の旅を通して、みんなの幸せのために尽くすことが生きる意味であると悟るまでを書いた、哲学的なストーリーです。一緒に旅をするカムパネルラは、自らの命を犠牲にして友人を救いました。この姿が、ジョバンニに生きる意味を気付かせるきっかけになります。
 さらに、ジョバンニにとって大きな孤独の原因であった父親が帰ってくるという知らせを受け、物語序盤では世の中に居場所のなかったジョバンニが物語の最後では、生きる意味と自分の居場所を取り戻して、自分の家へと帰る姿が描かれています。

 

 

 

 

『思考の整理学』 外山滋比古

 

200万部を超える大ベストセラー

 本書『思考の整理学』は200万部を超える大ベストセラー。1983年に出版された同書は累計で218万部を超え、出版不況のさなか驚異的な売り上げです。しかし、発行当初から注目されていたわけではなく、あることがきっかけで部数を伸ばしていったのでした。

 

1枚のPOPがきっかけに

 同書が大きく販売部数を伸ばしたのは、岩手県盛岡市にある老舗書店の地道な宣伝活動があったから。店員の書いた、こんなPOPがきっかけになったそうです。

  ” もっと若い時に読んでいれば ... ” そう思わずにはいられませんでした。何かを産み出すことに近道はありませんが、最短距離を行く指針となり得る本です。

 宣伝効果は抜群で、同店の売り上げが激増。同様のPOPを全国展開すると瞬く間にベストセラーになり、2009年に100万部を突破。その後も快調に売り上げを伸ばしたのです。

 

大学生らの強い支持

 根強い人気を支えるのは「東大生」や「京大生」だという。そういえば、本書の帯にも「東大・京大で一番読まれた本」とあります。2008年から2年連続でそれぞれの生協で最も売れた本となり、7年経った2015年の文庫ランキングでも東大、京大の両大学で2位をキープし、売れ続けているということです。

 

なぜ人気が衰えないのか

 では、なぜ人気が衰えないのか。出版元の担当編集者がこう語っています。「30年以上前の本ですが、内容が普遍的で古くならないことがロングセラーの最大の要因です。” 知識を詰め込むだけでは、考える力は養われない ” という外山先生のメッセージが、知識偏重型の勉強をしてきた東大や京大の学生に伝わっていると感じます」。なるほど、書かれている内容は一見、大学生向け論文のための思考整理学のようですが、ものの考え方、学びについて、また本の読み方など、学生でなくても興味深いものがあります。以下に内容を少し紹介しましょう。

 

自力で飛び上がるということ

 勉強したい、と思ったとき、まず学校へ行くことを考える。学校の生徒のことではなく、いい年をした大人が。こどもの手が離れて時間ができた主婦とか。新しいことをするなら学校がいちばんだと思う。学ぶには、まず教えてくれる人が必要になる。
 学校が重視されるのは当然で、そこでは生徒は、先生と教科書にひっぱられて勉強する。しかし、これは独力で知識を得るのではない。いわばグライダーのようなもの。自力では飛び上がることはできない。優雅な滑空は飛行機より美しいが、ただ悲しいかな自力では飛ぶことができない。

 

新しい文化の創造に必要なもの

 学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。学校では、ひっぱられるままに、どこへでもついて行く従順さが尊重される。勝手に飛び上がったりするのは規律違反。優等生はグライダーとして優秀なのである。一般に学校教育を受けた期間が長ければ長いほど、自力では飛翔の能力は低下する。
 人間にはグライダー能力と飛行機能力とがある。受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんの少ししかしていない。
 新しい文化の創造には飛行機能力が不可欠になる。それを学校教育はむしろ抑圧してきた。グライダーにエンジンを搭載するにはどうしたらいいのか。学校も社会もそれを考える必要がある。自分で飛べない人間はコンピューターに仕事を奪われる。
 

 

思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)