『命の一句』 世界でいちばん小さなメッセージ

 

最短詩型だからこそ
その中に無限の小宇宙が
ひろがる

 

天国はもう秋ですかお父さん
塚原 彩
交通事故で父を失った、三重県の小学生の句です。

 

結婚は夢の続きやひな祭り
夏目雅子(女優)
伊集院静と結婚。翌年、闘病生活に入る。山口県防府の海の見える墓で、いま、ひまわりに囲まれて眠る。

 

咳をしても一人
尾崎放哉(俳人
定型の575音、季語にこだわらない、自由律の句。晩年の放哉は喉頭結核のため、激しい咳に悩まされた。咳をしても誰もいない。庵中にひびく咳を聞いているのは自分一人。孤独に徹した寂しさが、限りない深さであらわれている。

 

春浅しまだまだヨハンシュトラウス
岩城宏之(指揮者)
「まだまだ」は新年を祝うワルツ気分が春浅い季節まで続いている。最期の句と思うと、上五の「春浅し」が、とてもよく効いている。

 

幾時代かがありまして冬は疾風吹きました
中原中也(詩人)
中也の有名な詩、「サーカス」の詩句。
 幾時代ががありまして
   茶色い戦争がありました
 幾時代かがありまして
   冬は疾風吹きました

 

再びは生まれ来ぬ世か冬銀河
細見綾子(俳人
ただ「銀河」といえば、秋の季語。単に「冬」の「銀河」となると、空気もすんで、いっそう白々と寒い頭上に冴えるもの。私は、もうすぐ命絶えるが、きっと「再びは生まれ」ては「来ない世」であろうか。そうだ、「再び生まれ」て来ることはあるまい。

 

 

『命の一句』石 寒太 

 俳句は、究極のところ生と死を詠むことである。俳句をつくるようになって以来、ずっと考えつづけてきた結論である。
 この短い詩型でも、いろいろなことが盛りこめる。逆に、最短詩型だからこそ、その中に無限の小宇宙がひろがる。それがこの俳句の素晴らしい魅力でもある。
 俳句というこの十七音の一行詩は、いつどんなときにも勇気を与えてくれる。人生さえも変えてしまうのである。こんなに小さな詩型が人生をささえてしまうパワーをもっている。素晴らしい詩型である。これが命のうたである。

 

 

命の一句―世界でいちばん小さなメッセージ

命の一句―世界でいちばん小さなメッセージ

 

 

 

ロシア映画祭 in 東京 

  

ロシア映画

 10月2日から7日まで東京でロシア映画祭が開催されました。上映された7作品はいずれも2015年から2017年に制作された新作ばかり。会場はユナイテッドシネマ、水道橋の全水道会館、ロシア大使館内付属学校のホールの3カ所に分かれての上映です。
 今回の映画祭での目玉は『白夜』。今年6月に第39回モスクワ国際映画祭で初公開されたばかり。いつまでも暮れることのない夏のペテルブルクの街歩きを撮ったもので観る者にはもちろん、文豪ドストエフスキーの同名の作品『白夜』に登場する悲劇的な運命の若者を想起させるとのことでした。

事前予約でロシア大使館入り

 普段はなかなか観ることのできない現代ロシア映画に触れる絶好の機会。ロシア大使館で上映される『叙情』を選びました。大使館に入るのは今回で2度です。
 上映された『叙情』は確か3本のオムニバスになっていて、どれもコメディタッチのものです。そこには当然でしょうが、旧ソビエト時代の匂いはありませんし、どちらかというと西側のイメージです。それにしても最新のロシア映画を観られるなんてなかなかないのです。日本で触れられるロシアは意外に少なく、貴重な時間でした。

 
 

 

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『塩のはなし』 忠臣蔵は塩が原因だった

 

塩の発見

 塩は、空気や水とともに人間が生きていくために欠かせない大切なものです。では、わたしたち人類の祖先は、いつごろから塩を使っていたのでしょうか。日本では、縄文時代の終わりから弥生時代にかけてのころではないかといわれています。いまからおよそ2000年前のことです。数万年前の無土器時代とよばれるころ、日本列島にはすでに人が住んでいました。塩はもちろん必要でしたが、わざわざ塩として食べる必要があまりなかったのです。
 縄文時代の人々は、狩猟・採集生活をおくっていたので、動物の肉や内臓、骨の髄などの中に塩分がふくまれていたのです。自然に塩分を補給することができたのです。
 ところが、縄文時代の終わりごろから、食べ物から塩分をとるだけでは足りなくなってきました。それは、ちょうどこのころ、米づくりが始められたことが大きな原因です。人々の暮らしが、農耕・定住生活へと移り変わると、食生活も大きく変わっていきました。

 

塩は人間にとって最も重要なもの

 塩は、きまった濃さで血液などに溶け込むことで、からだの中の水分の量を調整する働きをしています。人間のからだにとって水はとても重要です。塩分が不足すると、元気がなくなったり、健康に保つことができなくなってしまいます。塩はあまり取りすぎると、からだのバランスをくずし、病気の原因にもなりますが、健康な人なら、少しぐらい取りすぎても、おしっこや汗といっしょに、排出されてしまいます。

 

ローマ帝国時代の元祖サラリーマン

 紀元前3500年ごろ、ヨーロッパや中国では、すでにすぐれた農耕技術を持った文明がありました。中でもメソポタミア、インダス、エジプト、中国は古代の四大文明として有名です。この四大文明すべてが大きな河の近くの、水に恵まれたところに発達し、いずれもすぐ近くに大きな塩の生産地があったのです。
 古代エジプトでは、塩は保存食などに広く使われていましたが、ミイラをつくるときにも利用されました。ミイラにする死体は、約70日間濃い塩水につけたのち、薬で処理したといいます。塩の持つ防腐作用を利用したものです。
 ローマ帝国時代には、兵士の給料は塩でも支払われていました。現代の給料をもらう人をサラリーマンといいますが、塩はラテン語のサラリウム、つまり兵士の塩という意味の言葉からきているのです。

 

忠臣蔵は塩が原因だった !?

 東京、品川の近くにある泉岳寺には、忠臣蔵赤穂浪士たちのお墓があります。なぜ塩のはなしに、忠臣蔵が出てくるかというと、実はこの事件の原因が、塩づくりと深い関係があるからです。
 江戸城内、松の廊下で吉良上野介に切りつけた浅野内匠頭の領地だった赤穂は、瀬戸内海に面し、むかしから塩づくりのさかんなところでした。塩の需要が多くなるにともない、赤穂では、1645年に広い干潟を整備して堤防を築き、「入浜式塩田」と呼ばれる大規模な塩田をひらきました。赤穂の塩は品質も良く、江戸や大坂を中心にたくさん売られて有名でした。
 一方、吉良家の領地の三河でも、塩づくりがおこなわれていました。吉良家は、赤穂の進んだ製塩技術を参考にしようと、浅野家に技術を教えてくれるよう頼みましたが、浅野家は塩づくりの技術は秘伝であるとして断りました。また吉良家は、ひそかに赤穂の技術を盗むため、間者(スパイ)を送りこみましたが、とらえられて牢屋につながれたともいいます。このように浅野家と吉良家は、塩づくりの技術をめぐって、以前から仲が悪く、このことが忠臣蔵の隠れた原因となったのです。

 

塩がないとロケットも飛ばせない

 日本の塩づくりは大きく進歩しました。現在では、電気の力と科学の進歩が生み出した「イオン交換膜法」が主流です。昭和47年から、国内のすべての塩がイオン交換膜と真空式蒸発装置を使ってつくられるようになりました。
 現在、日本では「食べる塩」は、全消費量の20%たらずにすぎません。あとの80%は「食べない塩」として、ソーダ工業などに使われ、わたしたちの暮らしをささえるために活躍しています。ガラス製品や漂白剤、接着剤、アルミホイル、合成繊維、飼料、医薬品など広範囲に使われ、またロケット燃料やコンピュータなど、未来をささえる最新技術にも利用されるようになりました。

 

 

塩のはなし (人間の知恵)

塩のはなし (人間の知恵)

 

 

 

『知的文章術』 外山滋比古 心をつかむ書き方

 

誰も教えてくれない
心をつかむ書き方

 

「ア ナ タ」

 南極観測船「ふじ」に乗り組んでいる夫にあてて、日本にいる若妻から打った年賀電報は「アナタ」というたった三文字。ここにはいくら長々と話しても伝えられない熱い思いがこめられている。ことばの表現は心であって、技巧ではない。人の心を打つ文章を書くには書く人の心がこもっていなくてはならない。つまり、文章に上達するには、心を練る必要があるということである。

 

文章を書く心構え

・他人に読んでもらうのが文章
 先、先が読みたくなって、気がついてみたらもう終わっていた。ああ、おもしろかった。こういう文章ならいくら読んでもいい。そういう気持ちを与えたら名文である。

・案ずるよりは書いてみる
 頭の中であれこれ考えていると、次第に書くのがこわくなってくる。いつまでもくよくよ思案したりしないで、とにかく書いてみる。案ずるより書くはやさしい。

・「名文」を読む
 何度もくりかえし読まれた文章は、その人にとっての名文である。一人、二人の文章家の文章を集中的に読み込んで、その骨法を学ぶ。これがいちばんの近道だと思う。

・まねてみる
 黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』はしっかりした書き方がしてある。情景もあざやかに目にうかび、文章に軽快なリズムがある。こういう文章を声を出して読んでみる。

 

読まれる文章のコツ

・同じことばをくりかえさない
 四百字詰原稿用紙一枚の中には同じ語をなるべく二度は用いない。同じことばがすぐ近くに出てくる文章は読む人に難しいという感じを与える。話をするときも同じに。

・長文と短文
 いまの日本語では、40〜50字ぐらいが標準である。それを大幅に超えて70〜80字は長文で、反対に20字前後のセンテンスを重ねるのが短文。一般に短文が好まれる。

・つなぎの接続詞
 英語の作文の本に「センテンスを、”そして ” (and) とか ” しかし” (but) で始めるのは悪文である。そういう書き方をしてはいけない」とあるのを見て、われわれは愕然とする。

・段落(パラグラフ)
 外国ではきわめて厳重である。パラグラフのない文章は文章と認められない。一段落は200字から300字の長さが標準とされる。段落は長いより短いほうが読みやすくなる。

・である調、ですます調
 もともと活字になる文章は「である」調が標準となっていた。戦後になってお役所の広報が威張っていると思われるので「ですます」が普通に。どちらでも書けるように。

・わかりにくい文章
 センテンスが長いと読みにくい。また日本語は名詞が先に、形容詞(或いは動詞)が後にくる順がいい。「連休二日めの日曜のきょうは」は「きょうは連休二日めです」に。

 

心をつかむ構成

・一口に言えること
 あるイギリスの学者のことばに文章の主題は「ひとつのセンテンス(文)で表現できるものでなくてはならない」と言っている。この主題、テーマが書きたいことである。

・初めが勝負
 文章の練習として新聞や雑誌への投稿もいい。ある程度文章が書けるだけでなく、どこか ”おもしろい” ところがほしい。冒頭がおもしろいとその後を読まずにいられない。

・終わりよければ
 初めはとくに重要。その次に大事なのは、終わりの部分。終わりは余韻を決定する。書き出しの一文と、末尾がきまれば、それでもう半分はできたようなものだという。

・テーマと展開
 題をつける練習をすると、言いたいことを筋をつけながら書くことができる。題だけでなく段落ごとに小見出しをつけるつもりになると筋道のはっきりした文章が書ける。 

・推敲(すいこう)
 文章を書き上げたら、必ず読み返しをする。言いまわしのまずい箇所などを改める。これを推敲という。推敲するときは黙って読むのではなく、声を出すと効果的である。

 

 最近は、短文でわかりやすく、読み易いものが好まれる時代に。センテンスとセンテンスの間に多少の空白がある方が、さわやかな感じがする。また形容詞や副詞を乱用しないこと。飾りたくなるのは幼いのだと思ってよい。
 上記のほかにも、心をつかむ素敵な文章の書き方や心構えが満載です。
 

  

 

 

 

『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』

 

なぜ、日本は米国の意向を
「拒否」できないのか?

 

 オスプレイの高い事故率

 オスプレイは爆撃こそ行わないが、単なる輸送機ではない。遠く離れた紛争地点に、兵士とさまざまな武器をピンポイントで送りこみ、敵の拠点を制圧するための戦術輸送機なのです。けれどもそのオスプレイが大きな構造上の欠点を持つ完全な欠陥機であることは、米軍自身の事故報告書によってすでに明らかになっている。
 飛行機のようなスピードと航続距離、そしてヘリコプターのような滑走路のない場所への垂直離着陸を同時に実現するという、夢の最新型軍用機だったのです。アイデアとしてはたしかにすぐれていたのでしょうが、なにより安定性が必要なプロペラを、上に向けたり前に向けたりして頻繁に角度を変えるという構造そのものが、軍用機にはまったく不向きな脆弱性をもっている。
 そのオスプレイが、2020年からは、ついに東京の横田基地にも配備され、本格的な低空飛行訓練や空中での給油訓練などが始まるのです。そうすれば、首都圏でいつ墜落事故が起きても不思議ではない。

 

憲法9条が見逃しているもの

 主権国家にとって「他国の軍隊が自国の国境を越えて移動する権利」というのは、なにより厳重にコントロールしなければならないもの。しかし、その憲法9条のもとで、私たち日本人は世界一戦争を良くする米軍に対して「国内に自由に基地を置く権利」と、「そこから飛びたって自由に国境を越えて他国を攻撃する権利」を両方与えてしまっている。
 朝鮮戦争以来、在日米軍の兵士にとって日本と韓国のあいだに国境などはなく、たった数時間で両国を行き来することも珍しくない。彼らにとって両者の違いは、日本が基地で、韓国が前線であることでしかない。

 

日米合同委員会

 日本の超エリート官僚は、月に二度ほど、都内にある米軍基地などで在日米軍のトップたちと秘密の会議をしている。そこで決まったことは国会に報告する義務も外部に公表する義務もなく、実行できるようになっている。つまりこの会議、日米合同委員会は日本の国会よりも憲法よりも、上位の存在ということになる。
 これは例えば、どこでも基地にして、いつでも軍事演習をして、たとえ日本人を殺したりケガをさせても罪に問われない。
 日米合同委員会のありかたは、きわめて異常なものだ。どんな国でも、相手国の政府と最初に話し合うのは大使や公使といった外交官に決まっている。そして、そこで決定した内容を軍人に伝える。それが「シヴィリアン・コントロール文民統制)」と呼ばれる民主国家の原則である。当のアメリカの外交官にさえ、「占領中にできあがった異常な関係」といわれている。本書には、なぜこのようなことになったのかが詳しく記述されている。

 

占領期の特権

(1) 米軍関係者が日本の法によって裁かれないための「裁判権
(2) 米軍が日本の国土全体を自由に使用するための「基地権」
(3) 指揮権密約「戦争になったら、自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う」
「日本の当局は、米軍基地の外での犯罪については、米軍関係者を逮捕することができる。ただし逮捕したあとは、すぐにその身柄を米軍に引き渡さなければならない」
 つまり日本の警察は、犯人を逮捕することはできるが、その後に拘留したり、尋問したりする権利はないということ。完全な治外法権ということになる。
 一方、基地権については、米軍は日本全国どこにでも基地を置けるし、どんな軍事演習もすることができる、というとんでもない「密約」の存在を明らかにしている。以下に実際に起きた、米軍機墜落事件の記事を貼っておきます。

 

 

知ってはいけない 隠された日本支配の構造 (講談社現代新書)

知ってはいけない 隠された日本支配の構造 (講談社現代新書)

 

 

 

『富嶽百景』 太宰 治 富士には月見草がよく似合う

 

苦しい時期に
太宰治の心境を
富士にたとえて語る

 

浮上のきっかけを掴む富士

 富嶽百景は、太宰が29歳のときの自身の生活を綴った私小説です。20代前半に華々しく文壇デビューしたものの、当時の太宰は私生活や作品づくりに問題を抱え、芥川賞も貰えず、幼馴染の女性と自殺未遂の末、断筆に入ってしまいました。そんな中、浮上のきっかけを掴むべく、師である井伏鱒二を頼って、甲州の御坂峠にある天下茶屋を訪ねます。

 

 富士と自分の心境を対比

 この小説には、十余りの富士がでてきます。しかし、単に山としての富士を描写した文章はひとつもなく、富士を書いているようで、実はすべて心境を描いています。つまり「富士山」と自分の心境、思いを対比させています。

・東京のアパートの窓から見る富士は、くるしい。冬にははっきりよく見える。真白い三角が、地平線にちょこんと出ている、クリスマスの飾り菓子だ。

甲府市からバスにゆられて一時間。御坂峠に着き、この峠の天下茶屋から見た富士は昔から富士三景のひとつらしいが、あまり好かなかった。好かないばかりか軽蔑さえした。あまりに、おあつらえのむきの富士である。

・私は、部屋の硝子越しに、富士を見ていた。富士はのっそり立っていた。偉いなあ、と思った。「いいねえ、富士は、やっぱりいいとこあるねえ。よくやってるなあ。」富士には、かなわないと思った。

・おい、こいつらをよろしく頼むぜ、そんな気持ちで振り仰げば寒空のなか、のっそりと突っ立っている富士山、そのときの富士はまるで、どてら姿に、ふところ手して傲然とかまえている大親分のようにさえ見えたのであるが。

 結婚相手も決まり、甲府に戻ってきたときの太宰は、きっととても安心して平和な気持ちになっていたのではないでしょうか。そんな心境で眺めているとき、「富士山」は何処か懐かしく、やさしく、自分の子どもの頃を思い出させる「酸漿」として映ったのではないか。

 

「富士には、月見草がよく似合う」

「三七七八米の富士の山と、立派に相対峙し、みじんもゆるがず、なんと言うのか、金剛力草とでも言いたいくらい、けなげにすくっと立っていたあの月見草はよかった。富士には、月見草がよく似合う。」
 月見草のような小さな存在であっても自分というものをしっかり持っていれば、富士の山と比べても見劣りしない...

 苦しい時期を乗り越えようと旅に出た太宰治。富士の見える茶屋にて人々の温かさや善意・好意を受け、新たな出発の過程を描いた。太宰自身と小さな存在の月見草を重ね、富士に向かって真っ直ぐに生える月見草のように生きようとする、前向きな太宰治の気持ちが込められているのでしょうね。

 

ピース・又吉「太宰治の感覚は芸人的」 (ダ・ヴィンチニュースより引用)

 井伏氏の仕事も一段落ついて、或る晴れた日にふたりで三ツ峠へのぼった際の出来事でした。頂上へ着くも霧で何も見えず、井伏鱒二がつまらなそうにして「屁をこいた」シーンがあります。それに対して、芸人・小説家のピース・又吉が語っています。

(本文)「井伏氏は、ちゃんと登山服着て居られて、軽快の姿であったが、私には登山服の持ち合わせがなく、ドテラ姿であった。(中略)とかくして頂上についたのであるが、急に濃い霧が吹き流れて来て、頂上のパノラマ台という、断崖の縁に立ってみても、いっこうに眺望がきかない。何も見えない。井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆっくり煙草を吸いながら、放屁をなされた。いかにもつまらなそうであった。」

「おもしろい話を人に伝えるときに、実際起こったのと同じことを書いても、うまいこと人に伝わらへん。実際にその場におった人よりどうしても質が落ちるじゃないですか。そこで起こったことと同じだけの感動を呼びおこすには、そのための仕掛けが絶対に必要で、たとえば『富嶽百景』で太宰は、井伏鱒二さんが放屁したと書いてるけど、実際は退屈そうに岩に座っていただけなんですよ。それをそのまま伝えても、そのときの感じは伝わらない。 
 よく〈話を盛る〉って言いますけど、その盛り方が嘘じゃないっていうか、盛らへんほうが嘘になる。盛ることによって、その場にいたのと同じことを感じさせようとしてる。たぶん太宰は井伏さん見て、おもしろかったんだと思うんですよ。なに、この人。頂上まで来て、こんな退屈そうにして ...  ここで屁をこくぐらいが井伏さんのその時の感じが明確に伝わる。そのための工夫やったんじゃないか。井伏さん、否定してますからね。俺は屁はこいてないって。」

 

走れメロス (新潮文庫)

走れメロス (新潮文庫)

 

 

 

『源氏物語』② 紫式部 人生の指南書

 

恋愛小説としてだけじゃない
権力者たちの教養書
人生の指南書

 

源氏物語』の概要とあらすじ

 全54帖にわたる長編小説で、それぞれの帖に「桐壷」や「帚木」「空蝉」といったタイトルがつけられています。主人公となるのは、光源氏。才能あるイケメンで、しかも天皇の子。しかし、母の身分が低かったがために皇族にはなれず、臣下となり「源」姓を賜った過去を持つ。光源氏の恋を中心にストーリーは展開していくのですが、とにかくモテるうえ、ガッツリ肉食系。義理の母や、義理の母の姪、人妻、通りかかった家の娘など、数多くの女性と愛を交わしていく。現代日本の倫理観では完全にアウトですが、そこは色恋に奔放な平安時代。ドラマチックすぎるストーリーを通して、人を愛する慶びと悲しみが浮き上がってくるのです。
 やがて光源氏天皇に准ずる地位まで上りつめ、我が世の春を謳歌。しかし時は残酷なもの。妻が不義の子を産み、愛する人が去り、という悲運つづきに光源氏は失望して出家の準備をします。物語の中心は妻が生んだ血のつながらない息子、薫の恋愛模様へと移り、彼の恋は無情にも実らぬまま、一大巨編は幕を閉じるのでした。

 

君子論としての『源氏物語

 日本史上もっとも優美で平和だった400年、平安時代の豊かで充実した生活を回復できる黄金のテキストとして読み継がれました。
 『源氏物語』は、どうしても長編恋愛小説といわれていますが、時代の権力者たちが君子論としても読んでいるんです。平清盛鎌倉時代末期の後醍醐天皇(在位1318~1339年)、室町幕府3代将軍・足利義満豊臣秀吉徳川家康もそうですね。

 『源氏物語』を手がかりとして、途絶えていた宮中行事が復活した例もあります。そしてその行事は、現在の皇室にも受け継がれているというから驚きです。

 物語が、政治のお手本として読まれていきます。それに加えて、一度は臣下に下りながらも天皇に准ずる位まで上りつめた光源氏をモデルケースとしたんですね。清盛も義満も家康も武家の出身。彼らが権力を手にし、公家と渡り合うためには、やはり教養が必要だったのでした。

 自分に地位がないなら、光源氏になればいい。『源氏物語』は、教養と同時に権力者としての生き方も授けてくれる、ありがたいリーダー論ともなったのです。特に執心だったのは、江戸幕府を開き、久しぶりの平和を日本にもたらした徳川家康。『源氏物語』をモチーフとする能を得意とし、豊臣家との天下争いのまっただなかに写本の伝授を4回も受けている。王朝文化の保護を天皇や公家にアピールすると同時に、徳川家がすべての王朝文化をコントロールしていくことを宣言することが目的だったといいます。

 

受け継がれるストーリー

 『源氏物語』は読み手によって、さまざまな表情を見せる小説でもあります。教養書としての性格を基本としながらも、権力者にとってはリーダー論、年頃の女性にとっては恋心の指南書。江戸時代は大名の子女の嫁入り道具となり、当時の女性の生き方、仕え方のハウツー本としても活躍しました。
 時代ごとに絵巻物や能、歌舞伎、落語、春画など他メディアのモチーフとなり再生産されてきたというのも特徴的です。

 『源氏物語』はその都度、リアルタイムで読まれてきました。現代でも宝塚の舞台や歌舞伎、映画、マンガになっています。壮大なスケールで描かれるストーリーの緻密さと面白さが、受け手の心を掴んで離さない。本来の形である文学にもどっても、谷崎潤一郎瀬戸内寂聴林望といった名文の担い手たちが、自分の言葉で物語を紡ぎなおし出版しています。

 

昔も今も変わらない人生の指南書

 古文のままで読むのも、もちろん大切ですが、なぜ千年も読み継がれてきたのかを考えると、現代語訳でもほかのメディアでもいいと。描かれている人間くささや生き方は、現代と共通している部分も多い。
 男性から和歌を贈られても、気に入らないと ” 既読スルー ” しちゃうんです。返事をするにも、がっついているように思われたら嫌だからとタイミングを図ったり。ライバルと鉢合わせたり、相手選びに失敗したり。
 平安も平成も変わらない、人間模様と恋の駆け引き。『源氏物語』には、先人たちが拠りどころとした生きるためのヒントがギュッと詰まっているのです。恋愛や人生に迷ったとき、世界初の長編小説に触れてみてはいかがでしょうか。

 

JAPAN CLASS 引用

 

源氏物語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

源氏物語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

 
マンガでわかる 源氏物語 (池田書店のマンガでわかるシリーズ)

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