きょうも読書

言葉の迷路を彷徨う

孫子の兵法 「戦わずして勝つ」

 

内に向かえば身を修めることができ
外は事変に対応できる

戦いの哲学は軍事を超えて人生哲学として

 

 

史書史記』を記した司馬遷孫子呉子の兵法を評して、「内に向かえば身を修めることができ、外は事変に対応できる」と言う。
確かに兵法は自他に打ち勝ち、自他を治めることを教えるものである。

 

 

新訂 孫子 (岩波文庫)

新訂 孫子 (岩波文庫)

 
孫子の兵法 (図解雑学)

孫子の兵法 (図解雑学)

 

 

 

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軍事の書は人生哲学の意味を持つ

孫子(そんし)』十三編は、中国春秋時代に呉(ご)の将軍の任にあった孫武(そんぶ)の著作と伝えられる。この書は戦国時代の末には『呉子(ごし)』とともに代表的な兵書(軍事論の書)としての地位を獲得し、武人の必読書となって二千年の歳月が流れている。また中国のみならず、広く日本、さらには西欧にまで伝えられてその戦争史に大きな影響を与えてきた。しかも、軍事を超えて人生哲学としての意味を持ち、不朽の古典として今日なおその光芒(こうぼう)を放っている。

 

 

 

戦わずして勝つ

 人類の歴史は戦争の歴史である。絶え間ない春秋戦乱の世にあって、同時代の思想家には反乱、非戦に通ずる主張をする者もいた。しかし、孫子は戦争のなくならない現実をしかと見すえ、戦争の惨禍(さんか)を極力少なく抑える道を模索した。それは武力に頼って敵を殲滅(せんめつ)するのではなく、勝つことより負けないことを主眼に置き、武力以外の要素も使って敵を屈服させることであった。これがいわゆる「戦わずして勝つ」という孫子兵法の要諦(ようてい)に他ならない。

 

戦わずして勝つの意味

 最善の勝利は戦闘にはない。孫子兵法の要諦は「戦わずして勝つ」と言い習わされてきたが、これは戦闘を避け、政治や外交等によって敵軍に打ち勝つ方法を指している。このことばは『太平記』の楠木正成の緒言に「良将は戦わずして勝つと申し候えば... 」というのを見ることができる。出典はこれよりさかのぼる可能性はあるが、ともかくこのような軍事物語が語り継がれていく中で日本人に定着していった表現であろう。

 

戦闘を回避する戦い

 孫子の真意は、戦闘によれば人命と国費の損傷を招くため、政治や外交の力により、あるいは陰謀や工作により敵国や敵軍を屈服させよということである。決して非戦論でも無抵抗主義でもない。また非武装論とも無縁で、確固たる軍備は自明のことである。政治・外交が効力を発揮するのもこの軍備あればこそと考えている。
 戦闘に至る場合も十分想定しており、『孫子』は戦力の運用法について仔細に解説するが、この場合にも消耗は最小限に止めようとする「戦わずして勝つ」という精神を忘れることはない。

 

実践よりすぐれた方法

 政治・外交・秘密工作等すべて戦争である。戦争はある目的を達成するための手段であり、その目的が達成されるなら他にも安全な方法が考えられる。
 一般に戦争とは武力の行使によってその目的を達成するものとの認識がある。しかし、孫子はその方法を決してすぐれた戦争のあり方とはしなかった。それはおびただしい人命の犠牲と莫大な国費の消耗がともなうからである。その目的達成に限れば、戦闘よりはるかに安全で有効な方法があり、それも戦争であるとしているのである。

 

実践以外の方法と孫子の発想

 孫子は戦争と交戦を短絡的に結びつけることはなかった。最上の戦争は敵国の策謀をいち早く察知し、その策謀を実行不能にすることだとした。これができれば自軍を損傷させることなく、実践に臨んで勝利したのと同じ結果が得られるのである。次善の策は敵国の同盟関係を解体させることだとした。
 敵国の策謀が同盟国との連携を前提にしていたとすれば、これも敵国の策謀を実行不能に追い込む有効な方法であり、国益にも十分繋がるものであろう。
 この両者についてはいずれも具体策を明示していないが、表では政治・外交の力を用い、裏では工作活動を盛んに行う等が推測される。とすれば孫子は政治・外交も工作活動もすべて戦争という枠から見ていることに気づく。これこそ戦争に責任を負う将軍の目に他ならない。

 

秘密工作と外交

①戦闘や城攻めのみに頼る戦争は下策で、まず敵の策謀を防ぐこと、次に敵を孤立させることを考えるのが上策の戦争と言える。
②間者などにより事前に敵の策謀を察知し、これを実行不能にする。
③戦国の同盟国に働きかけて、これを離反させて敵国を孤立させる

 

 

*戦いの基本は手の内を見せないこと

*敵の意表を突くこと

*彼我の戦力を正確に把握せよ

*勝負は戦前に決定する

*戦争は速くやれ

*敵地で食料を確保せよ

*長期戦は回避せよ

*最善の勝利は戦闘にはない

*政治・外交・秘密工作等すべて戦争である

*君主は口出しするな

*勝てる敵と戦え

*奇法で勝つ

*奇法を連続させよ

*敵を上手に誘導して待ち伏せをせよ

*敵を利害で制御せよ

*自然に自在に変化して敵の嘘をつけ

*戦場に先着せよ

*敵が怠情となるときに仕掛けよ

*戦いは兵力の多寡ではない

*軍令は平素からの信頼が必要

*地形を熟知せよ

*兵士を愛育せよ

*敵が大事にしているものを奪え

*一時の感情によって戦争をしてはならぬ

*軍事の要は秀逸な間者

など

 

 

 ※『孫子の兵法(図解雑学)』より

 

 

 

 

 

07-2278

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない

 

パスポートを持っている
アメリカ人は国民の2割にすぎない
他の8割は外国に関心がない

 

アメリカの地図を見て
ニューヨーク州の場所を
示せない者が5割もいたのだ

 

 

 

アメリカのTV番組のインタビュー

たとえば、北京オリンピックの最中にはこんな感じ

「今、オリンピックをやってる国はどこですか?」
アメリカ?  じゃないのね ...  」

「ヒント。アジアです」
「タイかしら?」

「 ... オリンピック発祥の地は?」
アメリカ?」

答えているのは小学生とかチンピラじゃない。

「ところで職業は?」
「大学生。教育学部よ。先生になるの!」

 

ヤラセでも仕込みでもない番組

「今まで世界大戦は何回あった?」
「3回?」

ヒロシマナガサキといえば?」
「ジュードー?」

ベトナム戦争アメリカは勝った? 負けた?」
「え! もちろん私たちの勝ちでしょ! ... ベトナム戦争ってアメリカがしたんだっけ?」

第2次大戦を経験している老人の答えだ。この手の番組は「ヤラセ」や「仕込み」じゃないの?と疑ってしまうが、これが現実だ。

 

将来を担う若者たちの現実

 パスポートを持っているアメリカ人は国民の2割にすぎない。他の8割は外国に関心がない。彼らが外国の土を踏むのは、銃を持って攻め込む時だけだ。さらにナショナル・ジオグラフィックの調査では、アメリカの地図を見てニューヨーク州の場所を示せない者が5割もいたのだ。これが世界一の覇権国家の将来を担う若者たちの現実である。

 

自分の生活のこともわかっていない

 戦争や外交だけじゃない。自分たちの生活すらよくわかっていない。日本では国民年金が大問題になったが、アメリカにもソーシャル・セキュリティ(社会保障)という国が運営する年金制度がある。しかし、ベビーブーマーの老齢化と、ブッシュ政権財政赤字のために破綻した。そこでブッシュは年金を民営化し、株式投資で運営させる「自己責任システム」にしようとしたが、大統領選ではまるで争点にもならなかった。なぜならば、国民の半分は年金危機自体を全然知らなかったからだ。

 

時事ニュースを知らない

 新聞やテレビのニュースは見ないのか?  見ないのだ。デヴィット・ミンディック著『無関心/なぜ40歳以下のアメリカ人は時事ニュースを知らないか』によると、18歳から34歳のアメリカ人で新聞を読むのは3割に満たない。高齢者だとこの数は増えるが、『NYタイムズ』や『ワシントンポスト』などの全国紙を読む割合は半分以下だ。アメリカ人は基本的に、地元のことしか書いていないローカル紙しか読まない。

 

 

 

アメリカ人は単に無知なのではない
その根には「無知こそ善」とする
思想、反知性主義があるのだ

 

 

無知こそ善という思想

 同じく18歳から34歳でネットで時事ニュースをチェックする人もたった11パーセントにすぎない。「アメリカの知識人階級と大衆のあいだに巨大で不健全な断絶があることが明白になった」そう書いたのは『タイム』誌だが、最近ではなく1952年の記事である。こんな状況は今始まったことではなかった。
 アメリカ人は単に無知なのではない。その根には「無知こそ善」とする思想、反知性主義があるのだ。

 

キリスト教福音主義とは

 1963年の名著アメリカの反知性主義で、歴史学者リチャード・ホフスタッターは、アメリカ人の知識に対する反感の原因のひとつにキリスト教福音主義を挙げている。福音主義とは、福音、つまり聖書を一字一句信じようとする生き方で(特に過激なのは聖書原理主義と呼ばれる)、自らを福音派とするアメリカ人は全人口の25~30%を占めている。彼らにとって余計な知識は聖書への疑いを増すだけであり、より無知なものほど聖書に純粋に身を捧げることができる。

 

福音派が知性を否定

 中世ヨーロッパでは、聖書以外の書物に価値はなかったが、ルネッサンス以降、書物によって知識と論理的な思考が普及し、近代科学が生まれた。しかしその結果としてキリスト教信仰は弱体化した。しかし、アメリカでは福音派が何度となく巨大な信仰回帰運動を起し、知性を否定してきた。たとえば、福音派の伝道師ドワイト・L・ムーディー牧師は「聖書以外の本は読まない」ことを誇りとした。

 

無知が強力な票田になる

 「アメリカの成人の2割は、太陽が地球の周りを回っていると信じている」という調査('05年ノースウエスト大学ジョン・D・ミラー博士)があるが、無理もないのだ。
 ただ、福音派は元来、俗事にすぎない政治には関心が薄かった。それが強力な票田になることに気づいたのは共和党だった。
 アメリカの大統領選挙は、各州ごとに決められた「選挙人」というポイントを、その州で過半数を取った候補が全取りするルールだ。この集計公式だと、都市のある東海岸や西海岸の州よりも、人口の少ない南部や中西部や西部の州のほうが一票の重さは重くなる。福音派は田舎に集中して住んでいるので選挙への影響力は大きい。教会やテレビ伝道で信者をごっそり投票に動員することもできる。

トランプ大統領福音派から圧倒的多数の支持を集めたことが勝利を決定づける要因のひとつになりました。国民の4人に1人を占める福音派からの支持なしには選挙に勝てない現実があるのですね。保守的なキリスト教徒を支持基盤とする共和党の大統領はもちろん、リベラルな民主党の大統領も、とりわけ保守的な南部の各州で党内の予備選挙を勝ち抜かなければなりませんから事情は同じです。しかし、いまの福音派に限らずアメリカのキリスト教団体は深刻な懸念を抱えています。それは若者たちの宗教離れです。

 

世界を巻き込むアメリカの無知

 その他、アメリカ人の時事問題への無知の原因には右派メディアの暴走や、教育の崩壊などいろいろな理由があるが、とにかくニュースを知らない人たち、外国に興味のない人たちによって大統領が決定され、その大統領が無茶な戦争を起こし、デタラメな政策で経済メルトダウンを起こして日本や世界を巻き込んでいるわけで、この不条理には、もはや笑うしかない。

 

原爆投下を知っているのは49%

 アメリカでは、そんな笑うしかない現実が宗教、政治、経済、メディア、あらゆる場所にあふれています。この本は2006年から2008年夏までの2年間に、筆者がアメリカで生活しながら見聞きしたバカげたニュースを集めたものです。笑って読んで欲しいけど、ムカッときたらごめんなさい。ちなみにリック・シュンクマン著『アメリカ人は嘆く われわれはどこまでバカか?』(08年)によると、自分たちの国が日本に原爆を投下した事実を知っているアメリカ人は49%にすぎないそうです。
 

 

 

*本記事は本書の序章を書き写したものです

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (文春文庫)

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (文春文庫)

 

 *参考書籍

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

 

 

 

 

 

 

 

 

 10-2952

ユダヤ人の迫害理由とキリスト教の誕生

 

ユダヤ人はなぜ
ヨーロッパで迫害されたのか

エスはなぜ磔の刑に
処されたのか

 

 

 

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ユダヤ人はなぜ迫害されたのか


ユダヤ教から分かれたキリスト教イスラム

 ヨーロッパの問題を理解するには、キリスト教の基本的な考え方を理解しておく必要がある。キリスト教イスラム教は、どちらもユダヤ教から分かれた宗教である。そのキリスト教を知るにはユダヤ教を知らなければならない。ユダヤ教の教典といえば、『旧約聖書』だが、この中に「イサクの犠牲」という話が出てくる。

 

試されるアブラハム

 その話はユダヤ人の先祖とされるアブラハムという年老いた羊飼いが主人公だ。アブラハム夫婦は、男の子に恵まれなかった。そこに唯一の神ヤハウェがお告げをした。
アブラハム、おまえはきっと男の子を授かる」
 半信半疑だったが、本当に男の子が生まれた。イサクと名づけたその男の子を溺愛しそして神に感謝の気持ちを捧げるために、アブラハムは羊を焼いて生贄(いけにえ)とした。数年後、神がまたアブラハムにお告げを下す。
アブラハム、もう羊はいい、イサクを捧げなさい」
 大事な息子を生贄にしろというのです。

神への忠誠心が大事な宗教

 アブラハムはイサクの手を引いて羊を生贄にする台の上に載せ、イサクの頭の上から剣を振り下ろそうとした。
 ところが、そのとき天使があらわれ、こう言った。
アブラハム、わかった。もうよい。おまえの忠誠心は確かめられた」
旧約聖書』は、アブラハムのこの行動を引き合いに出して、「人間とはこうあるべきだ」と讃えている。つまりユダヤ教とは「親子の縁よりも神様への忠誠心が大事」という宗教なのである。

 

律法にそむいた者は死刑に

 このように「神が絶対」の厳しい宗教だから、ユダヤ教には生活のあらゆることを定めた神の掟がある。これを「律法」といって、守らなければ人々は救われないとされている。たとえば、安息日の規定。安息日とは「その日は一切の労働をしてはならない。ひたすら神に祈れ」という日。ユダヤ教の場合は、土曜日が安息日と定められている。
 土曜日は労働することを禁じられていて、律法にそむいた者は死刑になる。「安息日に働くのは神への反逆だ」というわけだ。食べ物にも決まりがあり、「豚肉を食べてはいけない」というのもそのひとつ。イスラム教にも同じ決まりがあるが、もともとはユダヤ教の律法に由来している。

 

異民族と融和せず独特の文化を持つユダヤ

 このようにユダヤ教は厳しすぎる律法のため、異民族には広がらなかった。ユダヤ人は歴史上、何度も迫害を受けて土地を追われてきた。ナチスヒトラーによる迫害は有名だが、それでもユダヤ人が滅びなかったのは「律法を守った者は天国に導かれ、異教徒は地獄に落とされる。われわれは神によって選ばれた民である」という強い信念のたまもの。これを選民思想という。
 だからユダヤ人は異民族と融和せず、独特の文化を保ってきた。しかし、このことが逆にユダヤ人が嫌われ、差別される理由にもなってきたのである。

 

 

 

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キリスト教ユダヤ教の対立


律法など意味がない

 キリスト教ユダヤ教の分派である。ユダヤ人の大工の子として生まれたイエスが、しばらく砂漠に行って、戻ってきたら説教を始めた。そこで衝撃的なことを言う。
「律法など意味がない」
 何を食べてはいけないか、安息日の土曜日に休むか休まないか、そんなことはどうでもいい、と言い放ったのだ。このイエスの言葉を喜んだのが、貧困層の人たち。こっそりと土曜日に働く人もいれば、豚肉をやむを得ずに食べる人もいたからだ。

 

キリスト教世界宗教になった理由

 律法を破ったからといって彼らは罪人なのか。「そんなことはない。心の底から神を信ずれば救われる」とイエスは説いた。律法という形式ではなく、信仰の心が大事。異民族でも、敵のローマ人であっても信仰すれば救われるということになる。これこそキリスト教世界宗教になった大きな要因といえるだろう。

 

エスを危険人物として告発

 ユダヤ教の指導者は「律法を汚された」と憤り、イエスを告発した。当時のユダヤは、ローマ帝国支配下にあったので「イエス貧困層を集め、ローマへの反逆を煽り立てる危険人物だ」という罪状で告発したのだ。エスは反逆罪で有罪とされ、磔(はりつけ)の刑に処された。

 

処刑されたイエスが蘇った

 このあと不思議なことが起こる。「処刑されたイエスが蘇った」という話が広まったのだ。イエスゴルゴタの丘で処刑されたのは金曜日。翌日が土曜日で安息日だ。これを避けて、葬式を日曜日に行なおうとしたら、仮埋葬の墓が開いていて中は空っぽだった。イエスが消えてしまったのだ。

 

エスの復活

 そのあと、イエスの弟子だった人たちから目撃証言がもたらされた。「処刑されたあとのイエスに会って話をした」という。
「日曜日の朝にイエスは復活した」
「神自らが、人々を悔い改めさせるためにイエスの姿になって地上にあらわれたのだ」こうして生まれたのがキリスト教である。

 

キリスト教ユダヤ教の対立理由

 イエス自身はユダヤ教の改革者で、「私は神だ」とは言っていない。ペテロやパウロといった弟子たちによって神として祭り上げられたのだ。ユダヤ教徒から見れば、律法を守ることは意味がないと説くイエスは裏切り者である。まして人間であるイエスを「神」と呼ぶなど言語道断。
 大工の息子であるイエスを神と認めるか認めないか。これがユダヤ教キリスト教の根本的な違いである。この一点において両者は絶対に相容れない。キリスト教徒とユダヤ教徒が対立する最大の理由なのである。

 

流浪の民としてのユダヤ

 ユダヤ人は「流浪の民」として有名である。イエスなきあと、ローマ帝国に対する2度の反乱を起こして失敗し、流浪の生活が始まった。定住しなければ農業もできないし、生活も安定しない。土地や建物など不動産も所有できない。だからユダヤ人は、金銀や宝石といった動産(不動産以外の財産)を積み上げるしかなかった。どこにいっても生計が立てられるように、やむなく「金貸し」になったのである。

 

ユダヤ教徒はますます孤立

 ローマ帝国の崩壊後に生まれたヨーロッパ諸国がキリスト教を採用したため、キリスト教を認めないユダヤ教徒はますます孤立した。キリスト教徒から見れば「よそ者のくせに、なぜ俺たちに合わせないんだ。しかも金貸しで儲けているなんて、けしからん」となる。こうした背景からユダヤ人はヨーロッパでたびたび迫害されてきたのである。

 

 

 

 

 

 

* 本書『ニュースの”なぜ?”は世界史に学べ』から備忘録用として要約しています
*使用写真は本書とは関係ありません

 

 

 

 

 

 

 13-2831

上野千鶴子さんの東京大学入学式祝辞

 

あなたたちのがんばりを
どうぞ自分が勝ち抜くためだけに
使わないでください 

 

異文化を怖れる必要はありません
人間が生きているところでなら
どこでも生きていけます

 

 

 

4月12日、東京大学の2019年度入学式が日本武道館で行われた。
祝辞には女性学のパイオニアである社会学者の上野千鶴子名誉教授が登壇。

2018年に発覚した東京医科大学の性別や年齢による差別的な不正得点調整について言及し、性差別について、がんばりが報われない社会、そして「知」とは何かについて新入生に語りかけた。

 

 

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上野千鶴子(うえのちづこ)
1948年(昭和23年)富山県出身。日本のフェミニスト社会学者。専攻は家族社会学ジェンダー論、女性学。東京大学名誉教授、立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘教授。博士(社会学)。京都大学文学部哲学科社会学専攻卒業。京都大学大学院。父は内科医。

 

 

 

平成31年東京大学学部入学式 祝辞全文】


ご入学おめでとうございます。あなたたちは激烈な競争を勝ち抜いてこの場に来ることができました。

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生と浪人生に差別があることが判明しました。

文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査を実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生の合格率に対する男子学生の合格率は平均1.2倍と出ました。

問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大、慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやすい大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医学部が並んでいます。

ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計は大事です、それをもとに考察が成り立つのですから。

女子学生が男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいからでしょうか?全国医学部調査結果を公表した文科省の担当者が、こんなコメントを述べています。

「男子優位の学部、学科は他に見当たらず、理工系も文系も女子が優位な場合が多い」

ということは、医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。

事実、各種のデータが、女子受験生の偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。まず第1に女子学生は浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。第2に東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました。

統計的には偏差値の正規分布に男女差はありませんから、男子学生以上に優秀な女子学生が東大を受験していることになります。第3に、4年制大学進学率そのものに性別によるギャップがあります。

2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の性差別の結果です。

 

最近ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんが日本を訪れて「女子教育」の必要性を訴えました。

それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無関係でしょうか。「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。マララさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。

そうやって東大に頑張って進学した男女学生を待っているのは、どんな環境でしょうか。他大学との合コン(合同コンパ)で東大の男子学生はもてます。

東大の女子学生からはこんな話を聞きました。「キミ、どこの大学?」と訊かれたら、「東京、の、大学...」と答えるのだそうです。なぜかといえば「東大」といえば、退かれるから、だそうです。

なぜ男子学生は東大生であることに誇りが持てるのに、女子学生は答えに躊躇するのでしょうか。なぜなら、男性の価値と成績のよさは一致しているのに、女性の価値と成績のよさとのあいだには、ねじれがあるからです。

女子は子どものときから「かわいい」ことを期待されます。ところで「かわいい」とはどんな価値でしょうか?愛される、選ばれる、守ってもらえる価値には、相手を絶対におびやかさないという保証が含まれています。だから女子は、自分が成績がいいことや、東大生であることを隠そうとするのです。

東大工学部と大学院の男子学生5人が、私大の女子学生を集団で性的に凌辱した事件がありました。

加害者の男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。この事件をモデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女は頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマに学内でシンポジウムが開かれました。

「彼女は頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者の男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大の男子学生が社会からどんな目で見られているかがわかります。

東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました。

わたしが学生だった半世紀前にも同じようなサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです。この3月に東京大学男女共同参画担当理事・副学長名で、女子学生排除は「東大憲章」が唱える平等の理念に反すると警告を発しました。

これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等の社会でした。偏差値競争に男女別はありません。ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行しています。東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです。

学部においておよそ20%の女子学生比率は、大学院になると修士課程で25%、博士課程で30.7%になります。その先、研究職となると、助教の女性比率は18.2、准教授で11.6、教授職で7.8%と低下します。これは国会議員の女性比率より低い数字です。女性学部長・研究科長は15人のうち1人、歴代総長には女性はいません。

こういうことを研究する学問が40年前に生まれました。女性学という学問です。のちにジェンダー研究と呼ばれるようになりました。私が学生だったころ、女性学という学問はこの世にありませんでした。

なかったから、作りました。

女性学は大学の外で生まれて、大学の中に参入しました。4半世紀前、私が東京大学に赴任したとき、私は文学部で3人目の女性教員でした。そして女性学を教壇で教える立場に立ちました。女性学を始めてみたら、世の中は解かれていない謎だらけでした。

どうして男は仕事で女は家事、って決まっているの?主婦ってなあに、何する人?ナプキンやタンポンがなかった時代には、月経用品は何を使っていたの?日本の歴史に同性愛者はいたの?...誰も調べたことがなかったから、先行研究というものがありません。

ですから何をやってもその分野のパイオニア、第1人者になれたのです。今日東京大学では、主婦の研究でも、少女マンガの研究でもセクシュアリティの研究でも学位がとれますが、それは私たちが新しい分野に取り組んで、闘ってきたからです。そして私を突き動かしてきたのは、あくことなき好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。

学問にもベンチャーがあります。衰退していく学問に対して、あたらしく勃興していく学問があります。女性学はベンチャーでした。女性学にかぎらず、環境学、情報学、障害学などさまざまな新しい分野が生まれました。時代の変化がそれを求めたからです。

言っておきますが、東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。

わたしのような者を採用し、この場に立たせたことがその証です。東大には、国立大学初の在日韓国人教授、姜尚中さんもいましたし、国立大学初の高卒の教授、安藤忠雄さんもいました。また盲ろうあ三重の障害者である教授、福島智さんもいらっしゃいます。

 

あなたたちは選抜されてここに来ました。東大生ひとりあたりにかかる国費負担は年間500万円と言われています。これから4年間すばらしい教育学習環境があなたたちを待っています。そのすばらしさは、ここで教えた経験のある私が請け合います。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。

そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと... たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。

そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。

女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。

あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。

 

これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。

学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです。学内にとどまる必要はありません。東大には海外留学や国際交流、国内の地域課題の解決に関わる活動をサポートする仕組みもあります。

未知を求めて、よその世界にも飛び出してください。

異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけます。あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。

大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。

ようこそ、東京大学へ。
 

 

平成31年4月12日
認定NPO法人 ウィメンズ アクション ネットワーク理事長
上野千鶴子

 


 

 

 

 

 

 

 01-4723

仕事ができる人は朝が早い? 村上春樹は4時起き

 

「成功者は早起き」だとか「朝型人間が成功する」といった考え方が、世の中にはあります。確率から見たら、そうだと思いますが ... 

早起きをしてどんなメリットを得たいのか?
早起きをして何をするのか?

自分なりの指針がないと形だけに終わります。
ぜひ皆さんにとっての最適な睡眠スタイルを見つけてください。

『やりたいことを全部やる! 時間術』(臼井由紀)より

 

 

やりたいことを全部やる! 時間術 (日経ビジネス人文庫)
 

 


『やりたいことを全部やる!時間術』目次より抜粋

・忙しいときに勉強をすると心のゆとりが生まれる
・長く熱心に話すほど人に伝わらない
・1週間は金曜日から始めなさい
・15分以上考えるのは時間の無駄
・お金で時間を買う
・デスクがベストポジションとは限らない
・「朝2時起き」で時間の主導権を握る
・身についた起床時間はずらさない
・なぜ腕時計をすると時間リッチになれるのか
・1つ買ったら2つ捨てる ほか

 

 

 

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著名人の起床時間
*以下はネットからの収集データ(あくまでも参考)です。
*今回紹介した書籍とは関係ありません。(赤字は睡眠時間)


2:00 臼井由紀(本記事『やりたいことを全部やる!時間術』著者)

3:00 豊臣秀吉安土桃山時代の武将) 

3:00 タモリ(タレント・司会者)     

4:00 村上春樹(作家)*午前中は原稿書きと1時間の運動、午後は読書など自由時間

4:00 トーマス・エジソンアメリカの発明家)5時間 

4:00 二宮金次郎二宮尊徳・江戸時代の思想家)4時間

4:00 織田信長安土桃山時代の武将)

4:00 宗次徳二CoCo壱番屋創業者)*毎朝広小路通りを清掃している

4:30 ハワード・シュルツスターバックスCEO)*6時前に出社

4:30 ティム・クック(アップルCEO)7時間 

4:30 ミシェル・オバマオバマ元大統領夫人)

5:00 浅田次郎直木賞作家・冬は6時)

5:00 マーガレット・サッチャー(第71代英国首相)

5:00 大前研一経営コンサルタント・起業家)5時間

5:00 哀川 翔(俳優)

5:00 ジェフ・ペソスAmazon共同創業者)7時間 

5:00 アリアナ・ハフィントン(ハフィントンポスト創業者)7時間

5:00 ベンジャミン・フランクリンアメリカ建国の父)7時間

5:30 ジャック・ドーシーTwitter共同創設者)*10kmのジョギング 7時間  

5:30 アーネスト・ヘミングウェイアメリカの小説家)

5:45 リチャード・ブランソン(ヴァージングループ創設者)

6:00 徳川家康安土桃山時代の武将)

6:00 スティーブ・ジョブズ(アップル創業者)

6:00 岩瀬大輔ライフネット生命保険代表取締役会長)*夜はテレビを観ない

6:00 谷田千里タニタ社長)

6:00 アマデウスモーツァルトオーストリアの音楽家5時間

6:00 ベートーヴェン(ドイツの音楽家

7:00 バラク・オバマ(元アメリカ大統領)6時間

7:00 小柴昌俊(物理学者・天文学者ノーベル物理学賞11時間

7:00 ビル・ゲイツマイクロソフト創業者)7時間

7:00 イーロン・マスクテスラモーターズ会長兼CEO)6時間 

8:00 ウィンストン・チャーチル(イギリス元首相)5時間 

 

 

村上春樹の「働き方」 は規則正しい生活から
長編小説を書いているとき午前4時に起き、仕事をする。その後にランニングや水泳をし、午後は本を読んだり音楽を聞いたりして過ごす。そして9時には就寝という規則正しい日課を繰り返すという。

 

 



 

 

 03-1519

マルサス『人口論』 若き天才の作品

 

戦争や疫病、飢餓などが
人口増を食い止めるために必要
貧しい人をむやみに助けるべきではない

 ダーウィンにも多大な影響を与えた
マルサスの『人口論

 

 

マルサス『人口の原理』の影響

 イギリスの経済学者トーマス・マルサス1798年『人口の原理(人口論)』を匿名で出版した。彼は人間の数が食料より速く増えるので、戦争、疫病、飢餓などで人口増を食い止めるしかないと言った。その余りのショッキングな内容に大変な反響と反発を引き起した。
 英国の産業革命で大幅に人口が増え、マルサスがいたロンドンでは3人に2人は5歳までに死ぬ有様だった。食べ物には限りがあるから貧しい人をむやみに助けるべきではない、と主張したのだ。ダーウィンへの影響は大きく、それは本当にすごい結論だった。

 

 

 

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Thomas Robert Malthus  トーマス・ロバート・マルサス
[1766年-1834年]  古典派経済学を代表するイギリスの経済学者。父はルソー、ヒュームと親交があり、その影響を受けて育つ。ケンブリッジ大学を卒業後研究員になり、のち牧師となる。32歳のときに匿名で出した本書『人口論』(初版)は当時のイギリス社会に大きな衝撃を与えた。その後に名前を明かしたうえで第2版を出し、約30年をかけて第6版までを刊行した。

 

 

生存権の否定

 『人口論』は次のような命題につながる。人口の抑制をしなかった場合、食糧不足で餓死に至ることもあるが、それは人間自身の責任でありこれらの人に生存権が与えられなくなるのは当然のことである。戦争、貧困、飢餓は人口抑制のためによい。これらの人を社会は救済できないし、救済するべきでないとマルサスは考えた。これらマルサスによる生存権の否定は、ジャーナリストのウイリアム・コベットなどから人道に反すると批判を受けた。

 

ダーウィンに多大な影響を与える

 人口を統計学的に考察した結果、「予防的抑制」と「抑圧的抑制」の二つの制御装置の考え方に到ったが、この思想は後のチャールズ・ダーウィンの進化論を強力に支える思想となった。特に自然淘汰に関する考察に少なからず影響を与えている。すなわち、人類は叡智があり、血みどろの生存競争を回避しようとするが、動植物の世界にはこれがない。よってマルサス人口論のとおりの自然淘汰が動植物の世界には起きる。そのため、生存競争において有利な個体差をもったものが生き残り、子孫は有利な変異を受け継いだとダーウィンは結論したのである。

 

人口論の基礎

人口は人間の数が食糧生産より速く増えることで、次のことが予想できる。これらは主に貧困層を中心に苦しめることになる。
① 食糧不足によって多くの人が餓死する
② 環境が劣悪になって疫病が流行し、多くの人が病死する
③ 食の奪い合いにより戦争が起こり、多くの人が戦死する

かなり衝撃的な内容であるため、第2版で「人口が増えれば、それにつれて子供を作ろうとする者が少なくなる。よって人口増加のダメージは減る」という道徳抑制論を唱え、主張を柔らかくした。しかし、この道徳的抑制論は厳しい倫理的問題を抱えていることが分かる。

 

貧しい人をむやみに助けるべきではない

 道徳的抑制論では「それ故に貧困層は子づくりを控える」という理屈を唱えているが、ならば政府が貧困層に金銭的支援をすることは間違っているということになってしまう。なぜならば、もし政府が貧困層にお金を渡してしまえば彼らは生活に余裕ができて子どもを作ってしまうからだ。

 例えば、日本がアフリカの国に募金をしたとする。そうなるとその国はそのお金で薬や食料を買うことによって、餓死者や病死者を減らすことができるが、しかしそれは同時に国力を超えた人口を抱えることを意味する。過剰人口は上述した問題を誘発し、結果として貧困は解決しない。アフリカの貧困を解決するには結局は住民たち自身で人口調整をしつつ徐々に発展していくしかない。この論理は今日でも、安易な食料援助、経済援助は無駄だという主張を支えている。世界人口はまもなく100億人を突破しようとしている。

 

 

 

人口論 (光文社古典新訳文庫)

人口論 (光文社古典新訳文庫)

 
人口の原理 (岩波文庫 白 107-1)

人口の原理 (岩波文庫 白 107-1)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 05-1841

『キャンパスの雨』 三好京三

 

岩手の分校の小学校教師が
都会の大学(通信教育)へ入学
スクーリングで訪れた東京での奮戦記

 

 

キャンパスの雨 (文春文庫 (231‐7))

キャンパスの雨 (文春文庫 (231‐7))

 

 

 

あらすじ

 中年の分校の先生が、大学へのおもい断ちがたく、通信教育の夏季スクーリングでおくるキャンパス生活を、著者みずからの体験をもとに、スポーツ、実験、そしてほのかな恋情など、豊富なエピソードで彩りつつさわやかに描く。学ぶことの苦しみと、その後のよろこび  ―  あの学園での青春の日々が、なつかしく胸によみがえる。
 以下に、ほんの一部を抜粋してみた。

 

 

 

三度目の挑戦

 K大学通信教育部の入学試験は、つごう三度目であった。二度落ちていたわけではない。最初落ちて、二度目には合格したのだが、単位を一単位もとらずにいる間に年数が過ぎ、留年の手続きもしないまま、退学した形になっているのだ。それで、最初の入学試験から十三年目、三十四歳にしてあらためて受験し直しているのである。

 

卒論

「卒論は何にする?」
近代文学。とても古文は読めないもの」
「そう、わたしは江戸文学をやる。西鶴にするつもりだ」

「わたしも困っている。西鶴にしても近松にしても、多くの学者が何年もかかって調べているでしょう。その学者たちの見解をかいくぐって、独自の解釈をしろと言われても無理な話だ。何しろ、わたしはこれから西鶴を読み始めるわけだから」

 

キャンパスは雨だった

 卒業式の行われる三月二十三日は雨であった。
 朝食後も雨は降りやまず、信吉はハイヤーを呼んだ。卒業式は日吉の記念体育館で行われることになっている。
 運転手は行先を聞くと、
「きょうは日吉へのお客が多いんですよ」
 と言った。
「K大学を卒業するようなお子さんを持たれるなんて、お客さんはしあわせですよ」
「ええ、まあ」
 こたえて容子は信吉の腿をつついた。信吉はだまって苦笑している。晴れの卒業式なので洋服も新調して出てきたのだが、それは勿論学生服ではないから、たしかによそから見れば、子どもの卒業式に出席する父兄だと思うであろう。

 

執念、執念

「先生」
 後ろから声がかけられたのでふり向くと、ひたいの抜け上がった初老の男であった。英文科の講義を一緒に受けた実業高校の教師である。
「おめでとうございます」
「やあ、おたがい様。しかし、とうとうここまで来ましたなあ」
「英語がよく切り抜けられましたね」
 この大学の英語は特にきびしすぎると、受講者の中には悲鳴をあげる者があった。その英語は十単位が必修である。
「はっはあ」
 高校教師は甲高い声で笑い、それから声をひそめて、
「執念、執念」
 と言った。信吉は甥の亘から数学の特訓を受けたような努力を、きっとこの高校教師もしたのであろう。
「わたしも、数学が執念、執念ですよ」
 二人はあらためて握手を交わした。

 

大学生活は輝ける青春

 三十四歳で入学し、六年かけて四十歳で卒業した。文字どおりの中年大学生であった。喜劇じみた失敗もあったが、それなりの哀歓もあった。中年どころか、初老となった今は、やはりあの大学生活はわが輝ける青春であったと思う。大学に対する餓えがあった。それは必ずしも学問への渇望だけでなく、キャンパスとその雰囲気へのあこがれのようなものでもあったが、中年のわたしは、一日一日、しっかりとそれをとりこんでいた。そして首尾よく卒業したとき、わたしの若いころからの大学劣等感はけし飛んでいた。

 

 

 

 

 

 06-1455