ヴェニスの商人 シェイクスピア


あらすじ

ヴェニスの若き商人アントーニオは、恋に悩む友人のために自分の胸の肉一ポンドを担保に悪徳高利貸しシャイロックから借金をしてしまう。ところが、彼の商船は嵐でことごとく遭難し、財産の全てを失ってしまった。借金返済の当てのなくなった彼はいよいよ胸の肉を切りとらねばならなくなるのだが... 
機知に富んだ胸のすく大逆転劇が時代を越えてさわやかな感動をよぶ名作喜劇。

 

ウィリアム・シェイクスピア
William Shakespeare (1564-1616)。国籍 イングランド王国。劇作家、詩人。約37編の史劇・悲劇・喜劇を創作。47歳で突如隠退、52歳没。
シェイクスピアは、作家ではなく脚本家ですので、彼の作品には原作の存在するものも多数存在します。しかし、彼は豊かな感性と才能で、微妙な心理描写を付け加えるなど、人間の喜怒哀楽が会話の中に妙味とともに巧みに描かれており、原作よりも深みのある作品に仕上げているとされています。

 

作品の背景

中世イタリアの物語集「イル・ペコローネ」に、養父が肉一ポンドの証文を書いてユダヤ人高利貸しから金を借りたおかげで、ヴェニスの若者がベルモンテの美女と結婚でき、その美女が男装して裁判官となり名裁きを行うという本の話があります。

 

現代にも意味をもつ作品

1814年にエドマンド・キーンがシャイロックを悲劇の主人公として演じて以来、この作品は単なる喜劇ではなくなった。とくにユダヤ民族迫害の歴史を踏まえると、シャイロックの悲哀には深刻な訴えがこもる。あたかも自分たちが正しいかのように振る舞うキリスト教徒たちは偽善者なのではないか。果たしてシャイロックに改宗を無理強いする権利があるのか。現代においても、いっそう大きな意味をもつ作品だろう。
なお、日本で初めて演じられたシェイクスピア作品は、本作品を脚色した『何桜彼銭世中(さくらどきぜにのよのなか) 』(1885)で、船問屋紀伊国屋伝二郎の肉を切り取ろうとする高利貸桝屋五兵衛の訴えに、学者中川寛斎の娘玉栄が男装して名判官ぶりをみせる。

 

名台詞

悪魔も聖書を引用する、都合のよいようになる(第一幕第三場)
シャイロックを毛嫌いするアントーニオは、金を借りるときにも、シャイロックを悪魔と呼ぶ。激しい民族差別が劇の根底に流れる。

ユダヤ人には目がないのか? 手がないのか。内臓が、手足が、感覚が、愛情が、喜怒哀楽がないとでもいうのか? (第三幕第一場)
まさか証文どおりにアントーニオから肉一ポンドを取るつもりではあるまいなとキリスト教徒のソラーニオやサレーリオに言われて、これまでずっとユダヤ人を差別してきたアントーニオに復讐するために裁判に訴えるというシャイロックの台詞。感動的な見せ場。

 慈悲とは、無理に搾り出すものではない(第四幕第一場)
裁判官を務めるポーシャは、まずシャイロックに慈悲を求める。だが、シャイロックが頑として証文どおりの裁定を望むので、ポーシャは相手が望む以上に証文どおりの判決を下すことになる。

 しばし待て。まだ続きがある。
この証文は血一滴たりともそのほうに与えていない(第四幕第一場)
ポーシャは、証文どおり、肉一ポンドはおまえのものであるから切るがよいと述べてシャイロックを喜ばせる。しかし、証文には血のことは書かれていないため「血を一滴でも流したら財産を没収する」と宣告する。愕然(がくぜん)としたシャイロックは訴えを取り下げる。

 待て、ユダヤ人。
当法廷はまだそのほうに用がある(第四幕第一場)
ポーシャは退廷しようとするシャイロックを呼びとめ、ヴェニス市民の命を狙った罪ゆえに、その財産は没収、命は公爵の慈悲に委ねると宣告する。結局、キリスト教に改宗するなら、財産の半分をシャイロックの娘夫婦に譲るだけで許すという ” 慈悲 ” をかける。

 あんな小さな蝋燭(ろうそく)の光がなんて遠くまで届くことでしょう!
良い行いも、悪い世の中をあんなふうに照らすのね(第五幕第一場)
ベルモンオトへ帰って来たポーシャが自宅の灯を見て言う台詞。

 

 (あらすじで読むシェイクスピア全作品)引用

 

ヴェニスの商人 (新潮文庫)

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