きょうも読書

言葉の迷路を彷徨う

河合隼雄 『こころの処方箋』

 

人間関係のしがらみに泣きたくなったとき
助けになってくれる一冊

 

こころの処方箋 (新潮文庫)

こころの処方箋 (新潮文庫)

 

 

河合隼雄(かわいはやお)

1928 - 2007  兵庫県生まれ。京都大学理学部卒。京都大学名誉教授。日本におけるユング派心理学の第一人者であり、臨床心理学者。文化功労者。元文化庁長官。著書に『昔話と日本人の心』『猫だましい』『こころの最終講義』『泣き虫ハァちゃん』など多数。冗談好きで、日本ウソツキクラブ会長を自称していた。脳梗塞で死去。79歳没。

 

 

『こころの処方箋』

 「耐える」だけが精神力ではない。心の支えは、時にたましいの重荷になる。あなたが世の理不尽に拳を振りあげたくなったとき、人間関係のしがらみに泣きたくなったとき、本書に綴られた55章が、真剣に悩むこころの声の微かな震えを聞き取り、トラブルに立ち向かう秘策を与えてくれるだろう。この、短い一章一章に込められた偉大な「常識」の力が、かならず助けになってくれるだろう。(以下は本書より抜粋)

 

100%正しい忠告はまず役に立たない

 ともかく正しいこと、しかも、100%正しいことを言うのが好きな人がいる。非行少年に向かって、「非行をやめなさい」とか、煙草を吸っている人には、「煙草は健康を害します」という。何しろ、誰がいつどこで聞いても正しいことを言うので、言われた方としては、「はい」と聞くか、無茶苦茶でも言うより仕方がない。

 もちろん、正しいことを言ってはいけないなどということはない。しかし、それはまず役に立たないことくらいは知っておくべきである。たとえば、野球のコーチが打席にはいる選手に「ヒットを打て」と言えば、これは100%正しいことだが、まず役に立つ忠告ではない。ところが、そのコーチが相手の投手は勝負球にカーブを投げてくるぞ、と言ったとき、それは役に立つだろうが、100%正しいかどうかはわからない。彼は「その時その場の真実」に賭けることになる。それが当たれば素晴らしい。もっとも、はずれたときは、彼は責任を取らなければならない。

 このあたりに忠告することの難しさ、面白さがある。「非行をやめなさい」などと言う前に、この子が非行をやめるにはどんなことが必要なのか、この子にとって今やれることは何かなどと、こちらがいろいろと考え、工夫しなかったら何とも言えないし、そこにはいつもある程度の不安や危険がつきまとうことであろう。そのような不安や危険に気づかずに、いい加減なことを言えば、悪い結果がでるのも当然である。

 ひょっとすると失敗するかも知れぬ。しかし、この際はこれだという決意をもってするから、忠告も生きてくる。己を賭けることもなく、責任を取る気もなく、100%正しいことを言うだけで、人の役に立とうとするのは虫がよすぎる。そんな忠告によって人間が良くなるのだったら、その100%正しい忠告を、まず自分自身に適用してみるとよい。「もっと働きなさい」とか、「酒をやめよう」などと自分に言ってみても、それほど効果があるものではないことは、すぐわかるだろう。

 

目次から一部を紹介

・人の心などわかるはずがない
・「理解ある親」をもつ子はたまらない
・言いはじめたのなら話合いを続けよう
灯台に近づきすぎると難破する
・イライラは見とおしのなさを示す
・説教の効果はその長さと反比例する
・男女は協力し合えても理解し合うことは難しい
・うそは常備薬、真実は劇薬
・物が豊かになると子育てが難しくなる

 

 

こころの最終講義 (新潮文庫)

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