きょうも読書

言葉の迷路を彷徨う

『青春漂流』 立花 隆

 

青春漂流 (講談社文庫)

青春漂流 (講談社文庫)

 


 

11人の若者と語り合った人生論

 一度は挫折し、方向転換した若者たち。職業も性格もバラバラな、”青春真っ最中”の11人と著者である立花隆が夜を徹して語り合った人生論についてまとめた、珠玉の一冊です。

 

若き日の宮崎学田崎真也

 この本には、立花隆が共感した若者たち11人が登場します。若き日の写真家、宮崎学やソムリエの田崎真也などの名も。生き方に迷いを感じたり、絶望感に襲われた時に読みたくなる、そんなとっておきの一冊です。もとは雑誌「スコラ」に連載されたもので、30年以上も前の本ですが、いまだに読み継がれています。

 

 

 

『心臓に毛が生えている理由』 米原万里

 

心臓に毛が生えている理由 (角川文庫)

心臓に毛が生えている理由 (角川文庫)

 

 

プラハソビエト学校で少女時代をすごし、ロシア語同時通訳者として活躍した著者が鋭い言語感覚、深い洞察力で人間の豊かさをユーモアたっぷりに綴る、最後のエッセイ集。

 

強制収容所生活

 黄色い薔薇の花束を差し出すと、ガリーナさんは、溜息とも感嘆とも取れる声を漏らし、空色の瞳を薔薇の花びらに注いだまま立ちすくんだ。
 スターリンによる粛清が最高潮に達した1937年、彼女はまさに花盛りの20歳の時に、スパイ容疑で逮捕銃殺された男の妻であるという。ただそれだけの理由で、ラーゲリ強制収容所)に五年間も閉じこめられている。夫の容疑が事実無根だったと国が認めたのは銃殺後30年も経ってから。
 ラーゲリ生活で最も辛かったのは、一日一二時間の苛酷な重労働でも、冬季の耐え難い寒さでも、蚤シラミの大群に悩まされ続けた不潔不衛生でも、来る日も来る日もひからびた黒パン一枚と水っぽいスープという貧弱な食事のために四六時中ひもじかったことでもない、というのだ。
 「それは恐ろしく辛かったけれど、そんな中でも人間には何とか生きよう、生き延びようとする力が湧き出てくるものなんです」。力の湧き出る根元を絶ち、辛くも残った気力を無惨にそぎ落として行ったのは、ラジオ、新聞はおろか肉親との文通にいたるまで外部からの情報を完全に遮断されていたこと、そして何よりも本と筆記具の所持を禁じられていたことだった。

 

卓越なる解決法

 そういう状態に置かれ続けた女たちが、ある晩、卓抜なる解決法を見いだす。日中の労働で疲労困憊した肉体を固い寝台に横たえる真っ暗なバラックの中で、俳優だった女囚が『オセロ』の舞台を独りで全役をこなしながら再現するのである。一人として寝入る女はいなかった。
 それからは毎晩、それぞれが記憶の中にあった本を声に出して、ああだこうだと補い合いながら楽しむようになる。かつて読んだ小説やエッセイや詩を次々に「読破」していく。そのようにしてトルストイの『戦争と平和』やメルヴィルの『白鯨』のような大長編までをもほとんど字句通りに再現し得たと言う。

 

生命が蘇る毎夜の朗読会

 「あんな悲惨な境遇にいた私たちが、アンナ・カレーニナに同情して涙を流し、イリヤ・イリフとエウゲーニー・ペトロフの『十二の椅子』に抱腹絶倒していたなんて、信じられないでしょうね」。肩をすくめて、ガリーナさんは静かに笑う。
 夜毎の朗読会は、ただでさえ少ない睡眠時間を大幅に浸食したはずなのに、不思議なことが起こった。女たちに肌の艶や目の輝きが戻ってくる。娑婆(しゃば)にいた頃、心に刻んだ本が彼女らに生命力を吹き込んだのだ。 (文中より)

 

 

『オリガ・モリソヴナの反語法』 米原万里

 

スターリン時代の
想像を絶する過酷な
歴史が現れる

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)

 


あらすじ

 1960年代のチェコプラハ。父の仕事の都合でこの地のソビエト学校へ通う弘世志摩は四年生。彼女が一番好きだったのは、オリガ・モリソヴナ先生の舞踊の授業。老女なのに引き締まった肉体、ディートリッヒのような旧時代の服装で踊りは飛び切り巧い。先生が大袈裟に褒めたら、要注意。それは罵倒の裏返し。学校中に名を轟かす「反語法」。先生は突然長期に休んだり、妖艶な踊り子の古い写真をみせたり、と志摩の中の”謎”は深まる。
 あれから30数年。オリガ先生は何者なのか? 42歳の翻訳者となった志摩は、ソ連邦が崩壊した翌年、オリガの半生を辿るためモスクワに赴く。伝説の踊子はスターリン時代をどう生きたのか...。驚愕の事実が次々と浮かび、オリガとロシアの、想像を絶する苛酷な歴史が現れる。

 

唯一の長編小説

 Amazonのカスタマーレビューでは5つ星のうち4.8の高評価だった。きっと米原万里のコアなファンが多いのだろう。本書は唯一の長編小説になる。エッセイも面白いが小説も素晴らしい(反語法ではない)。なお、内容についてはまた別の機会にでも触れたい。

 

強制収容所から
聞こえてきた
アンナ・カレーニナ
不思議なことが起こった

 

BVLGARI アートオブブルガリ 130年にわたるイタリア美の至宝

 

The Art of Bulgari: La Dolce Vita and Beyond, 1950-1990

The Art of Bulgari: La Dolce Vita and Beyond, 1950-1990

 

 

東京国立博物館表慶館)で開催の「ブルガリ(BVLGARI)」の回顧展「アートオブブルガリ 130年にわたるイタリア美の至宝」。同展はアジア最大規模の展示会として古代ギリシャやローマの建築物、日本にインスピレーションを得た作品などをはじめ、同ブランドにゆかりの深いエリザベステイラーが所有していたジュエリーや衣装などを展示。
階段や天井のプロジェクションマッピングも素敵でした。(2015年11月)

 


東京国立博物館表慶館
終了済(2015年9月8日 ~ 2015年11月29日 )

 

 

カラヴァッジョ展 日伊国交樹立150周年記念

 

カラヴァッジョ全作品集

カラヴァッジョ全作品集

 

 

38歳で没したカラヴァッジョ「天才画家の光と影」。殺人を犯してローマから逃亡、転々としながらも数々の作品群を生み出していきます。

世界初公開の「法悦のマグダラのマリア」は、もう一つのモナリザともいわれ、鬼気迫るものがあります。今回はこれを観れただけでも良かったです。週末で大勢の来館者。画集も記念に購入しました。(2016年4月)

 

 

 



国立西洋美術館
終了済(2016年3月1日~6月12日)

 

 

 

 

偉くない「私」が一番自由 米原万里

 

偉くない「私」が一番自由 (文春文庫)
 

 

 

佐藤優が選んだ傑作選

 ロシア語会議通訳、作家・エッセイストとして活躍した米原万里の作品を、盟友・佐藤優がよりぬいた傑作選。メインディッシュは、初公開の東京外国語大学卒業論文「詩人ネクラーソフの生涯」。ロシア、食、言葉をめぐるエッセイです。

 

単位をあげるから授業に出ないでくれ

 東京外国語大学での著者の貴重な卒業論文が、約100ページにわたって掲載されています。外語大を受けたのは、ロシア語で受験できたから。入学後に教授に呼ばれ、「単位はあげるから、頼むからロシア語の授業には出ないでくれ、やりにくいから」といわれた。そこで、イタリア語を聴講させてもらう許可をとったが当時、ゲバ棒を持った「イタリア科を明るくする会」の部隊に、授業をことごとく潰される。授業がないおかげで素晴らしく豊かな時間に恵まれる。受験勉強の丸暗記地獄から解放された直後だったから余計にそう感じられた。その時間を大量の読書に注ぎ込むことができ、読めば読むほど読みたいものが増えて、読む速度も早くなっていった。

 

東大大学院へ

 また、言語学に関する書物を片っ端から図書館で借りて読みあさった。言語って空気みたいなものなのに、人間社会を根底から支えているものだから。そして、ネクラーソフという詩人のすごさに衝撃を受ける。文学の勉強をもう少し続けたくて東大大学院に入り、修士課程を修了した後、1978年頃、てっとり早く口に糊する(ご飯を食べる)ために通訳を引き受けるようになった。

 

米原万里のジャンル別文庫ベスト5

17歳の少年少女に読ませたい文庫5
・「夜間飛行」サン=テグジュペリ
・「罪と罰ドストエフスキー
・「人間悟性論」ジョン・ロック
・「石の花」坂口尚
・「月なきみそらの天坊一座」井上ひさし

無人島に持って行きたい文庫5
・「種の起源ダーウィン
・「和漢三才図会」
・「ムツゴロウの自然を食べる」畑正憲
・「新訂新訓 万葉集佐佐木信綱
・「忍者無芸帖」いしいひさいち

21世紀に残したい文庫5
・「資本論カール・マルクス
・「ドストエフスキー詩学ミハイル・バフチン
・「何とも知れない未来に」大江健三郎
・「黒い画集」松本清張
・「火の鳥手塚治虫

 

 

『ロシアは今日も荒れ模様』 米原万里

 

ロシアは今日も荒れ模様 (講談社文庫)

ロシアは今日も荒れ模様 (講談社文庫)

 

 

天使と悪魔が共に棲む国

 「ロシアとロシア人は退屈しない」そう断言する著者は、同時通訳という仕事柄、かの地を数限りなく訪れている。そして知れば知るほど謎が深まるこの国は、書かずにはいられないほどの魅力に満ちあふれている。激動に揺れながら過激さとズボラさ、天使と悪魔が共に棲む国を鋭い筆致で暴き出す爆笑エッセイ。

 

ロシア人がロシア人であることの慣用句(抜粋)

・「世の中に醜女(ブス)はいない、ウォトカが足りないだけだ」*ウォトカ=ウォッカ

シベリアでは、400キロは距離ではない、マイナス40度は寒さではない、プラス40度は暑さではない、ウォトカ四本は酒ではない。

・「こ、こ、こっれがなくちゃ、ルルルロシア人はルルルロシア人じゃない。ゴッルバチョッフの野郎、そこのところが分かっちゃいねえんだ!」 (ウォトカ好きのエリツィン

・「父ちゃん、酔っぱらうってどんなことなの?」、「ここにグラスが二つあるだろう。これが四つに見えだしたら、酔っぱらったってことだ」。「父ちゃん、そこにグラスは一つしかないよ」

・酔っぱらいの亭主を見かねた妻が詰め寄った。「あんた、ウォトカをとるの、わたしをとるの? ハッキリしてちょうだい」、「その場合のウォトカは何本かね?」

・問い:ソ連社会主義憲法とアメリカの憲法との違いは何か?
答え:どちらの憲法言論の自由を保障しているが、アメリカの憲法は発言した後の自由も保障している。

・工場長が不倫中の秘書に向かって言った。「ねえ君、そろそろドアを閉めた方がいいんじゃないか」、「だめです、工場長。ウォトカを飲んでるって思われちゃいますから」と秘書は答えた。

・ロシア人はウォトカのためなら、どんなことでもできる。唯一できないことは、そのウォトカを飲まないことだ。

 

植民地に見える日本

 日本はアメリカの従属的なパートナーである。ロシアから見る限り、いやきっと他の国々から眺める限り、ほとんど植民地に見える。国連はじめ様々な国際会議で、日本ほどアメリカの意向に可哀想なくらい忠実な国はない。アメリカに頭を下げていかねばならない自分の一番認めたくない部分を、異常に拡大した形で日本が体現している。いやでいやで仕方ない。
 その日本がアメリカに対しては、原爆投下についてでさえ謝罪を求めないのに、戦後の日本人捕虜の虐待についてソ連には謝罪を求めてくる。臆面もなく「弱きをくじき強きを助ける」日本をもてあそびたくなる。