『沈黙の春』 レイチェル・カーソン 池上彰厳選
私たちはだまされているのだ
その行く先は
禍いであり破滅だ
世界史に大きな影響を与えた1冊
池上彰が厳選した「世界を変えた10冊の本」から、環境問題の古典的名著でもある、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」を取り上げました。
私たち人間の思い上がりが環境を破壊し、それは回りまわって私たちの生活を破壊する。科学の力に対しても、人間はもっと謙虚にならなければいけない。それを教えてくれるという点で、現代でも意義のある書物です。
レイチェル・カーソン (1907−1964)
ペンシルベニア女子大学で動物学を専攻。ウッズホール海洋生物研究所などで研究を続ける。1936年に商務省漁業水産局に就職し、政府刊行物の編集に従事。その後、退職し、生物ジャーナリストとして活動。62年に発表された『沈黙の春』は自然破壊に警告を発した先駆書として、その後の全世界に大きな影響を与えました。
目に見えない不安
東日本を襲った大震災と大津波。これによって東京電力福島第一原子力発電所の運転が止まり、水素爆発が発生。放射性物質が大量に外部に放出される事態となりました。
放射性物質も放射能も目に見えないだけに不安になります。しかし、この不安は放射能に対してだけではありません。
私たちが知らないうちに、人間にとっての自然が変容してしまうのではないか。そんな危機感を早くから抱き、世に警鐘を鳴らす本を出版した人がいたことで世界が大きく変わったことがありました。それをもたらした本が、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』です。
この本は、ある「寓話」から話が始まります
自然は、沈黙した。うす気味悪い。鳥たちは、どこへ行ってしまったのか。みんな不思議に思い、不吉な予感におびえた。裏庭の餌箱は、からっぽだった。ああ鳥がいた、と思っても死にかけていた。ぶるぶるからだをふるわせ、飛ぶこともできなかった。春がきたが、沈黙の春だった。
これが署名の由来です。人間たちによって新しく作り出された化学物質、つまり農薬によって自然界は汚染され、やがて野生の生き物は死に絶え、春になっても生き物の声が聞こえない。「沈黙の春」がやって来るかも知れない、という問題提起の書でした。
DDTの危険性を訴える
第二次世界大戦中、化学兵器を開発するため、昆虫を実験台に使っているうちに、昆虫に効果のある殺虫剤が次々に見つかり、戦後、これが農薬として発売されることになりました。
友人から受け取った一通の手紙に、その友人が持っている土地に、前年にDDTが空中から散布されたところ、多数の野鳥が死んでしまったというのです。これを読んだカーソンは、農薬が自然環境さらには人体に悪影響を及ぼすことを、分かりやすい書物にして世論に訴えようと考えました。
水が汚染される
農薬によって、水も汚染されます。畑に散布された農薬は、川に流れ込み、魚の体内に蓄積されます。また遠く離れた農場で、家畜が正体不明の病気にかかり、農作物が全滅しました。人間が作り出したものが、人間の想定を超えて、思わぬ影響を与えてしまう。今回の原発事故でしきりに使われた「想定外」という言葉を思い出します。
彼女の本は、当時のアメリカのケネディ大統領も注目しました。自身も深い関心を寄せ、農務省や公衆衛生局が問題の調査を始めていることを明らかにしました。彼女の一冊の本が、アメリカ政府を動かしたのです。
危機は半世紀以上たった現在も
レイチェル・カーソンの警鐘によって、とりあえず農薬の危険性は認識されるようになったものの、私たちは、化学物質の氾濫の中で生活しています。清掃工場から発生するダイオキシンの問題もありましたが、炉の改良によって、ひとまず収束しました。その後も「環境ホルモン」が大きな問題になりました。また、現在の日本では原発事故による食品の放射能汚染も問題になっています。
レイチェル・カーソンが50年以上前に指摘したように、私たちはどこに進もうとしているのでしょうか。
*池上彰の「世界を変えた10冊の本」
参考までに「世界を変えた10冊の本」に掲載されている本を記しておきます。どの本も現代に生きる私たちにとっての教養の基礎にもなります。
① アンネの日記
② 聖書
③ コーラン
④ プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
⑤ 資本論
⑥ イスラーム原理主義の「道しるべ」
⑦ 沈黙の春
⑧ 種の起源
⑨ 雇用、利子および貨幣の一般理論
⑩ 資本主義と自由
- 作者: レイチェルカーソン,Rachel Carson,青樹簗一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1974/02/20
- メディア: 文庫
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