『百人一首』 藤原定家
百人一首の誕生
「百人一首」は、藤原定家がまとめた小さな歌集です。定家(さだいえ)は優れた歌人で尊敬を込めて、定家(ていか)と呼ばれるようになります。
定家の日記によると、「百人一首」が完成したのは、1235年5月27日、鎌倉時代の初め。定家は、飛鳥時代から平安時代の終わりまでの百人の歌人の和歌を、一首ずつ、合計百首選んで時代順にまとめました。
思いを短い詩に綴る
昔の人は、四季折々の美しい景色を見たとき、恋や人生について考えたとき、その思いを「和歌」と呼ばれる三十一文字の短い詩に綴りました。百人一首を読むと、昔の人が自然とともに生き、それを大事にしていたことや、どんなことに心を動かされていたか、そして貴族の華やかな暮らしぶりまでもが、いきいきと伝わってきます。
百人一首は、日本を代表する古典文学として、時代をこえて多くの人々に愛されてきました。さらにはポルトガルからやってきたかるたとあわさり、江戸時代に「歌かるた」という遊び道具になったことで、遊びながら親しまれるようになりました。
和歌は日本独自の詩のひとつ
百人一首には百首の和歌が収められています。「和歌」とは、日本に古くから伝わる詩の形のひとつで、短歌や長歌などいくつかの種類がありましたが、平安時代以降に短歌だけが残りました。
短歌は五・七・五・七・七というリズムのある短い詩で、ルールは五句三十一文字で作ることだけ。初めの五・七・五を「上の句」、後ろの七・七を「下の句」という。テーマは自由で、風景に感動したことや恋愛のことなど、さまざまなことが詠まれました。
貴族によって和歌が発展
和歌は奈良時代に日本の詩の形として完成していました。780年頃に大伴家持によってまとめられた歌集『万葉集』には、天皇から柿本人麿などの下級役人、さらに農民の歌まで、約4500首の和歌が収められています。平安時代になると、和歌は貴族のたしなみとして発展します。
定家が考える優れた和歌とは
①心を込めて詠むこと
②ひとつ一つの言葉に、良い悪いはない
③言葉と言葉のつながりや流れにより、言葉を選ぶ
④昔の和歌をお手本にする
⑤心がなく言葉の上手な歌よりも、心があって言葉が下手な歌のほうがまし
こぬひとを・・・・・五(初句)上の句
まつほのうらの・・・七(二句)
ゆふなぎに・・・・・五(三句)
やくやもしほの・・・七(四句)下の句
みもこがれつつ・・・七(結句)
美しい言葉、独特なリズムに加えて、昔の人の暮らしや思いを知ることは心を豊かにします。
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