偶然って、神様の別名なのよ


偶然って、神様の別名なのよ

ロシア語の通訳者で作家の米原万里の著書、『偉くない「私」が一番自由』に出てくるフレーズのひとつ。モスクワで出会ったペルシャ猫を日本へ連れてくるという奮闘記の中で使われたもので、とても印象的だった。

 

双子のペルシャ猫を日本へ

モスクワへ出張した際に、駅の近くで子猫の里親を求めている飼い主たちに会い、ペルシャ猫の双子を目にする。
「一匹百五十ドル。血統書付きですよ。買って下さいな」
「わたし、日本人なんです。いま出張でモスクワに来ていて、三日後には東京に戻らなくてはならない。連れて帰るのは、とても難しいと思うの」

結局、気に入ってしまった米原万里は何とか日本へ連れて帰ろうとするが、税関を通過するには健康診断書にワクチン接種の証明書取得や機内に持ち込めるかなど、難問がまっていた。日本航空でなく、アエロフロートにし、知人の助けも借りて何とか飛行機に乗せることができた。さて、あとは無事、日本への入国が果たせるのか。

「いざとなったら、バッグに入れて通過すればいいわ、ペルシャ猫は無駄哭きはしないから、ばれないわよ。飛行機に乗れたら、もうこっちのものよ。アエロフロートのスチュワーデスは猫好きばかりだから」などとニーナが物騒なことを言う。

日本に到着し、検疫関門へ近付くほどに身体中の血液の流れが速まっていく。
「どうしたんですか。顔色が悪いですね。お腹の具合はいかがですか」
いかん、いかん。わたしの方が伝染病の疑いで検疫に引っかかってしまうではないか。

そこに偶然、「マリさん、マリじゃないの」と。ゴスノスターエワさんだった。ブーニン、レーピン等、若手の天才ピアニストを次々に世に送り出したモスクワ高等音楽院の名教授だ。ヤマハ音楽教室のマスタークラスの教授として来日している。

「ねえ、助けて」
「どうしたんですか」
「これから検疫なんです。通してくれるかどうか心配で」
「大丈夫。ついてってあげるから」

係官はチラリとケージの中をのぞいた。
「健康に問題なさそうですね。はい、いいですよ」
「何か、証明書は?」
「猫ですからね。そんなもの、不要です」

なんというあっけなさ。今まで気をもんだのが馬鹿みたいである。しかし、、ゴルノスターエワさんが一緒に付いてきてくれなかったら、わたしはいまだに検疫官のところへ行けずにウジウジしていたことだろう。
「ゴルノスターエワさんに会えて、よかった」
「わたしも、マリさんに会えてよかった。こんな偶然てあるのかしら。神様っているのかもしれないわね」
「あら、知らなかった?
偶然って、神様の別名なのよ」

 

米原万里の、このフレーズが好きだ。カトリックでも、プロテスタントでもなく、もちろんイスラム教徒でもない私は、神の存在など問われることもなく、考えることさえなかったのに、このフレーズを目にしたとき、神はいるんだと思うようになった。単純なヤツだな、と思われそうだが。