きょうも読書

言葉の迷路を彷徨う

樋口一葉 なぜ「たけくらべ」という題名なの?

 

互いに背伸びしあいながら、大人になっていく情景を描いた、樋口一葉の傑作

 

たけくらべ (ホーム社漫画文庫) (MANGA BUNGOシリーズ)

たけくらべ (ホーム社漫画文庫) (MANGA BUNGOシリーズ)

 

 

樋口一葉(ひぐちいちよう)

1872-1896。東京内幸町生まれ。本名奈津。1886年に中島歌子の歌塾「萩の舎」に入塾、才能を見いだされる。1891年から東京朝日新聞の記者、半井桃水の指導を受け小説を書き始め、翌年に文芸雑誌に処女作『闇桜』を発表。生活苦に苛まれながら、次々と代表作である「たけくらべ」などを執筆。肺結核でわずか24年で死去。その早すぎる死を惜しまれた。『大つごもり』『にごりえ』『十三夜』『わかれ道』など。

 

たけくらべ

 光と影が交錯する街・吉原。大店の遊女の妹で、快活な少女・美登利と、寺の跡取りで優等生の少年・信如の初恋を描いた樋口一葉の傑作。

 

なぜ「たけくらべ」という題名なのか

 吉原を舞台にした、少女と少年の初恋を描いた樋口一葉の傑作、「たけくらべ」。背比べ(丈比べ)の意味ですが、なぜこの内容で題名が背比べなのだろうか。
 それは、すくすくと成長していく子ども時代を意味していますね。この物語では、「子どもたち」はいやおうなく、大人の世界に入っていきます。その成長のさまも「背たけ」を「比べ」あうように、こちらが少し大人びたと思ったら、むこうがそれをずっと追い越していた、というように、互いに背伸びをしあいながら大人になっていく、そのような情景を切なく描いた小説になっています。

 

あらすじ

 主人公の美登利(みどり)は吉原に住んでいる14歳の女の子で、ゆくゆくは遊女となり客をとっていく身。美登利は正太郎という少年とよく遊んでいましたが、心の中では同じ学校の寺の息子の信如(のぶゆき、しんにょ)が気になっていた。

 ある日、運動会で木の根につまづいた信如を見た美登利は、自分のハンカチを信如に渡そうとします。それを見ていた同級生が、ふたりをからかったので信如は噂になるのを嫌がって、美登利を無視してしまいます。その態度を見た美登利は信如に嫌われているのだと思い込んでしまいます。そんな美登利に、ある出来事がおこります。髪を島田髪に変えられてしまったのです。

 それは美登利が大人になって吉原で遊女になる準備が進んでいるということ。複雑な気持ちの美登利はそれ以来、正太郎とも遊ばずに家で引きこもりがちになってしまいます。そんな日々を送っていた時に、美登利の家に水仙の造花が投げ込まれてきました。
 誰が、そんなことをしたのかは分からなかったのですが、美登利は水仙をみて懐かしい気持ちになって、その水仙を部屋へ飾ります。後から聞いた話ですが、その翌日は信如が吉原から離れた仏学校へ行く日だったのです。

 のちに美登利は遊女に、信如は僧侶になってしまいます。大人になってしまえば、出会うことのないふたり。そんなふたりの思春期の微妙な気持ちが描かれた作品です。淡く儚い幼いころの恋。美登利のこれからの運命を思うとあまりにも切ない物語です。
 一葉は、男とか女とか、幸せとか、生きざまとかではなく、さらに一人の人間、ひとつの社会、ひとつの時代というものを超越した何かを見つめていたのかもしれません。