『貨幣』 太宰治の経済学 

 

マルクスケインズも望んだであろう
太宰治の経済学


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『貨幣』あらすじ

「私は、七七八五一号の百円紙幣です」で始まるこの小説は、貨幣を女性に見立てた異色作です。巡り巡って酔いどれの陸軍大尉の手に渡った私が ... 。
「ああ、欲望よ、去れ。虚栄よ、去れ。日本はこの二つのために敗れたのだ」
 貨幣の視点による日本の戦時下での状況や人間模様などを表現した小作品。ラストはマルクスケインズも望んだであろう人間の心理に基づく理想の姿が見える。

 

本作の出だしと最後の部分

 私は、七七八五一号の百円紙幣です。あなたの財布の中の百円紙幣をちょっと調べてみて下さいまし。あるいは私はその中に、はいっているかも知れません。...

 ... 「こんないいところはほかにないわ。あたしたちは仕合せだわ。いつまでもここにいて、この赤ちゃんの背中をあたため、ふとらせてあげたいわ」
 仲間はみんな一様に黙ってうなずきました。

 

敗戦からアメリカ民主主義へ

 この『貨幣』が出版されたのは1946年。第二次世界大戦終戦の翌年に書かれた作品です。おそらく太宰にとっても辛い時期であったのでしょう。戦争が終わった直後の時期、たとえば戦中は「鬼畜米英」と生徒たちに吹き込んでいた教師たちが、敗戦になったとたん態度を変え、アメリカ民主主義の尊さを主張しはじめたり、あるいは積極的にファシズムの宣伝部員をしていた文化人が戦後になって共産党に入党したりします。
 世の中が変わったら、自分の思想も簡単に変えてしまうことが、知識人や文化人にはあたりまえのように起こったのです。この時期の太宰の生きていく糧を必死に見つけようとしている心の一端が表れています。

 

資本主義の格差予言をつく

「この世の中のひとりでも不幸な人のいる限り、自分も幸福にはなれないと思う事こそ、本当の人間らしい感情でしょうに、自分だけ、あるいは自分の家だけの束の間の安楽を得るために、隣人を罵り、あざむき、押し倒し、(いいえ、あなただって、いちどはそれをなさいました。無意識でなさって、ご自身それに気がつかないなんてのは、さらに恐るべき事です。恥じて下さい。人間ならば恥じて下さい。恥じるというのは人間だけにある感情ですから)まるでもう地獄の亡者がつかみ合いの喧嘩をしているような滑稽で悲惨な図ばかり見せつけられてまいりました。(『貨幣』より)

 

太宰の未来に願う一筋の光

 ここからが『貨幣』における太宰の真骨頂です。敗戦が色濃くなってきた終戦直後の小都市が背景になっています。ここに飲んだくれの陸軍大尉が登場します。語り部は、やはり一枚の百円紙幣です。以下は本文からの抜粋ですが、一部省略しています。

「その夜、まちはずれの薄汚い小料理屋の二階へお供をするという事になりました。大尉はひどい酒飲みでした。そうして酒癖もよくないようで、お酌の女をずいぶんしつこく罵るのでした。」

「お前の顔は、どう見たって狐以外のものではないんだ。(狐をケツネと発音するのです。どこの方言かしら)よく覚えて置くがええぞ。ケツネのつらは口がとがって髭がある。ケツネの屁というものは、たまらねえ。そこらいちめん黄色い煙がもうもうとあがってな、犬はそれを嗅ぐとくるくるっとまわって、ばたりとたおれる。
 お前の顔は黄色いな。妙に黄色い。われとわが屁で黄色く染まったに違いない。や、臭い。さてはお前、やったな。いや、やらかした。いやしくも軍人の鼻先で、屁をたれるとは非常識きわまるじゃないか。」などそれは下劣な事ばかり、大まじめでいって罵り、階下で赤子の泣き声がしたら耳ざとくそれを聞きとがめて、「うるさい餓鬼だ、興がさめる。おれは神経質なんだ。馬鹿にするな。あれはお前の子か。これは妙だ。ケツネの子でも人間の子みたいな泣き方をするとは、おどろいた。どだいお前は、けしからんじゃないか、子供を抱えてこんな商売をするとは、虫がよすぎるよ。お前のような身のほど知らずのさもしい女ばかりいるから日本は苦戦するのだ。どだい、もうこの戦争は話にならねえのだ。ケツネと犬さ。くるくるっとまわって、ばたりとたおれるやつさ。勝てるもんかい。だから、おれは毎晩こうして、酒を飲んで女を買うのだ。悪いか」「悪い」とお酌の女のひとは、顔を蒼くしていいました。
「狐がどうしたっていうんだい。いやなら来なけれあいいじゃないか。いまの日本で、こうして酒を飲んで女にふざけているのは、お前たちだけだよ。お前の給料は、どこから出ているんだ。考えてもみろ。あたしたちの稼ぎの大半は、おかみに差し上げているんだ。おかみはその金をお前たちにやって、こうして料理屋で飲ませているんだ。馬鹿にするな。女だもの。子供だって出来るさ。いま乳呑児をかかえている女は、どんなにつらい思いをしているか、お前たちにはわかるまい。あたしたちの乳房からはもう、一滴の乳も出ないんだよ。からの乳房をピチャピチャ吸って、いや、もうこのごろは吸う力さえないんだ。ああ、そうだよ、狐の子だよ。あごがとがって、皺だらけの顔で一日中ヒイヒイ泣いているんだ。それでも、あたしたちは我慢しているんだ。それをお前たちは、なんだい」といいかけた時、空襲警報が出て、それとほとんど同時に爆音が聞こえ、れいのドカンドカンシュウシュウがはじまり、部屋の障子がまっかに染まりました。

 お酌のひとは、鳥のように素早く階下に駆け降り、やがて赤ちゃんをおんぶして、二階にあがって来て、「さあ、逃げましょう、早く。それ、危い、しっかり」ほとんど骨がないみたいにぐにゃぐにゃしている大尉を、うしろから抱き上げるようにして歩かせ、階下へおろして靴をはかせ、それから大尉の手を取ってすぐ近くの神社の境内まで逃げ、大尉はそこでもう大の字に仰向に寝ころがってしまって、そうして、空の爆音にむかってさかんに何やら悪口をいっていました。ばらばらばら、火の雨が降って来ます。神社も燃えはじめました。

「たのむわ、兵隊さん。も少し向こうのほうへ逃げましょうよ。ここで犬死にしてはつまらない。逃げられるだけは逃げましょうよ」

 人間の職業の中で、最も下等な商売をしているといわれているこの蒼黒く痩せこけた婦人が、私の暗い一生涯において一ばん尊く輝かしく見えました。

 ああ、欲望よ、去れ。虚栄よ、去れ。日本はこの二つのために敗れたのだ。

 お酌の女は何の慾もなく、また見栄もなく、ただもう眼前の酔いどれの客を救おうとして、こん身の力で大尉を引き起し、わきにかかえてよろめきながら田圃のほうに避難します。避難した直後にはもう、神社の境内は火の海になっていました。

 麦を刈り取ったばかりの畑に、その酔いどれの大尉をひきづり込み、小高い土手の蔭に寝かせ、お酌の女自身もその傍にくたりと坐り込んで荒い息を吐いていました。大尉は、すぐにぐうぐうと高鼾です。

 その夜は、その小都会の隅から隅まで焼けました。夜明けちかく、大尉は眼をさまし、起き上がって、なお、燃えつづけている大火事をぼんやり眺め、ふと、自分の傍でこくりこくり居眠りをしているお酌の女のひとに気づき、逃げるように五、六歩歩きかけて、また引返し、上衣の内ポケットから私の仲間の百円紙幣を五枚取り出し、それからズボンのポケットから私を引き出して六枚重ねて二つに折り、それを赤ちゃんのいちばん下の肌着のその下の地肌の背中に押し込んで、荒々しく走って逃げて行きました。

 私が自身に幸福を感じたのは、この時でございました。貨幣がこのような役目ばかりに使われるんだったらまあ、どんなに私たちは幸福だろうと思いました。
 赤ちゃんの背中は、かさかさ乾いて、そうして痩せていました。けれども私は仲間の紙幣にいいました。
「こんないいところはほかにないわ。あたしたちは仕合せだわ。いつまでもここにいて、この赤ちゃんの背中をあたため、ふとらせてあげたいわ」

 仲間はみんな一様に黙ってうなずきました。


浅底の思想とは無縁の母性

 この『貨幣』を書いてから2年くらいして太宰は玉川上水で入水自殺してしまうが、一貫して敬意を払い、敗戦直後の荒廃した日本の行く末に僅かながらも光を感じたのが、ここに登場してくる小料理屋のお酌の女性のような存在だったのだろう。着せ替え人形のような浅底の思想とは無縁な生活者で、虚栄の心など微塵もなく、欲もなく、いざというときは無心のうちに捨て身で人のために動く、巨大な母性のような存在。最後にはこの「母性」にしか希望を抱けなかったということは、敗戦直後の思想界が荒廃の相を呈し、太宰にとって信じるに値するものが何一つなかったのだろうか。(谷中の案山子さんブログより)

*「谷中の案山子〜Ameba支局」さんのブログ投稿記事を参考にさせて頂きました。