本を読むことの大事さ
ユリイカ2009年 特集 米原万理
[対談] 米原万理 × 沼野充義
読書について
米原万里(よねはらまり)
ロシア語通訳、エッセイスト、作家。(1950 - 2006)
東京都出身。9歳のとき、家族でプラハへ移住。5年間、在プラハ・ソビエト学校で学ぶ。75年、東京外国語大学ロシア語科卒業。76年、東京大学大学院修士課程修了。その後、ロシア語通訳の仕事を開始。エリツィンやゴルバチョフにも信頼される通訳として活躍したのち、文筆業に専念する。『不実な美女か貞淑な醜女か』で読売文学賞、『魔女の1ダース』で講談社エッセイ賞、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』で大宅壮一ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。
沼野充義(ぬまのみつよし)
1954年東京都出身。日本のスラヴ文学者。東京大学教授。専門はロシア・ポーランド文学。現代日本文学など世界文学にも詳しい。妻の沼野恭子はロシア文学者(東京外国語大学教授)。『徹夜の塊』でサントリー学芸賞芸術・文学部門、『ユートピア文学論』で第55回読売文学賞をそれぞれ受賞。
読書について
「ユリイカ」2009年米原万里特集号の沼野充義との対談では読書について語られ、そのなかで本を読むことの大事さについても述べられています。その一部を以下に抜粋しました。
沼野 日本の国語教育と際立って違うところとしては、ともかく作品をたくさん読まされるということがありますね。日本の場合、国語教育といっても実際の文学作品をまるごと読んで鑑賞することはほとんどなくて、読むにしても断片で、それについての設問に対して決まったパターンの解答を書け、という風になってしまう。
米原 プラハのソビエト学校では、文法と文学を毎日学ぶ。文学作品を大量に読まされる。また図書館で借りた本を返す時にその本の内容を司書のおばさんに話さなければいけなかったんです。そのおばさんがまたものすごく怖くて厳しい人で、ただ「面白かった」とか「感動した」とか言うのでは絶対に許してくれない。そうした感想ではなくて、その本を読んでいない人たちに客観的に伝えられるように語ってみせなくてはいけないんです。
米原 本によって私はロシア語を身につけられたし、日本に帰ってからも本を読み続けることでロシア語を忘れないでいられた。日本語にしても、やはり日本から離れることで子供たちの日本語がおかしくなるのを両親が心配して船便で日本語の文学全集を送ってくれたんです。全巻を20回くらいは読んだと思います。その読書のおかげで、私は日本語を忘れなかった。ロシア語にしても日本語にしてもすべて本のおかげだと思っている。
沼野 これは私が好きな現代ロシアの詩人、ヨシフ・ブロツキーのノーベル賞受賞講演(1987年)の一節なんですけど、これはまさに、対談のなかで米原さんがおっしゃった、本を読むことの大事さについて触れているものですので、私の拙い翻訳ですが紹介します。
もしわれわれが支配者を選ぶ時に、候補者の政治マニフェストではなく、読書体験を選択の基準にしたならば、この地上の不幸はもっと少なくなることでしょう。そう私は信じて疑いません。われわれの支配者となるかもしれない人間にまず尋ねるべきは、外交でどのような路線をとろうと考えるかということではなく、スタンダールやディケンズ、ドストエフスキーにどんな態度をとるかということである。 ー 私はそう思います。文学の日々の糧が人間の多様さと異様さだということ。そのことひとつをとっても、文学が結局、人間存在の問題を全体的に、大衆的に解決しようとするどんな方法に対しても解毒剤となることがわかるでしょう。少なくても、道徳的保証の体系として、文学はどんな信仰の体系や哲学の教義よりもはるかに効果的なのです。
文学に対するさまざまな犯罪のなかで、作家の迫害、検問による規制、焚書といったことが一番重い犯罪だというわけではありません。もっと重い犯罪があるのです。それは本を軽視すること、本を読まないことです。
米原 いまの引用で思い出したんですけど、そういえばサダム・フセインが洞窟で捕まった時に読んでいた本が『罪と罰』でしたね。それで小泉首相の愛読書は『あゝ同期の桜』だっていうじゃないですか?(笑)
日本哲学の歴史 「神道」
鷹揚さと柔軟性を備えた神秘的な思想
日本固有の民族宗教である神道は、外国人の目にはもっとも神秘的な思想に映るようです。なにしろ西洋の諸宗教とは異なり、教義も経典もないのですから。
この点について小泉八雲ことラフカディオ・ハーンはだからこそ日本の神道は西洋の宗教にはない利点があるのだといいます。それは宗教としての鷹揚さや柔軟性を備えている点です。
もともと神道は単なる自然崇拝でした。それが次第に仏教と肩を並べる日本の代表的な思想へと発展していったのです。海外から入ってきた仏教が事実上国教化される中、それでも神道が生き延びてきたのは、やはり他の宗教に対して神道が寛容だったからでしょう。
自然崇拝から始まった土着信仰
日本の神道はどのようにして形成されてきたのか。古来神々への信仰は、土着の素朴な信仰であって、共同体の安寧を目的としたものでした。この段階における神道は、自然崇拝としての原始神道(古神道)と呼ぶことができます。自然崇拝から始まっていることもあって、万物に神が宿るとする八百万神信仰があるのはたしかです。人間はそのような八百万神に生かされているのだから、自然に感謝しなければならないと説かれるのです。
神道は国家を支える思想に
神道に大きな転機が訪れるのは神武天皇の頃です。天皇は神の子孫であるという神話イデオロギーが成立したため、神道は仏教と共に国家を支える思想として重んじられるようになります。この神話イデオロギーが俗に「記紀神話」と呼ばれるものです。具体的には、『古事記』と『日本書紀』という8世紀初めに著された日本初の歴史書のことです。
神の作った神の国
法律に基づいて統治することを目指した古代律令国家の完成期に、国内、国外に向けて、天皇を中心とした新たな国家像が明確にされた点に注目する必要があります。しかもそれが神につらなるものとして描かれたところがポイントです。これらの物語によって、その後日本は現代に至るまで、「神の国」としてたびたび取り沙汰されるようになるからです。
神仏習合へ
中世に入ると、神仏習合といって神道は仏教と一体のものとして理解されるようになります。いわゆる本地垂迹思想です。本体としての仏が、神の形で現れるという意味になります。こうして神は共同体を守護する存在から、仏教と同じく個人を救済する存在へと変化していったのです。
政策的につくられた国家神道
現代に入ると、神道はナショナリズムを強化するための手段として利用されるようになります。明治政府によって政策的につくられた国家神道もその一つとして挙げることができるでしょう。なぜなら、国家神道は、政府が神社を通して天皇を中心としたナショナル・アイデンティティの国民教化を図ろうとして導入したものだったからです。戦後、国家神道は解体されましたが、いまもなお閣僚の靖国神社への参拝や、政教分離が問題となっています。
地政学から見た「ロシア」 続くイギリスとの攻防
世界最大の面積を誇る大国
その領土は大半が冷帯と寒帯
そしていまも続くイギリスとの陣取り合戦
最強最大のランドパワー国家
20世紀初頭まではロシア帝国、ロシア革命でソヴィエト連邦となり、冷戦終結後はロシア連邦となっているこの国は、ソ連崩壊時にかなりの領土を失ったにも拘らず、今なお世界最大の面積を誇る大国です。その領土は大半が冷帯と寒帯で、北半球で最も寒い地点もロシア領内に存在します。
この寒さと広さがロシアを史上最強のランドパワー国家(海への出口が少ない内陸国家)にしたのです。
広さと寒さはもろ刃の剣
マッキンダーは、「ユーラシア大陸の最奧部は難攻不落の安全地帯(ハートランド)」と言いました。 陸路で攻め込んだナポレオンのフランス軍も、ヒトラーのナチス・ドイツ軍も、退却するロシア(ソ連)軍を追って広大な領土の奥深くへ誘い込まれ、厳冬の到来によって止めを刺されました。
しかし、寒さと広さは短所にもなります。寒冷で広大なシベリアを開発し、人口を維持するのは並大抵の苦労ではありません。また、凍結してしまう港では貿易も軍事活動もままなりません。ロシアは19世紀からずっと、不凍港を手に入れようと、黒海へ、日本海へ、インド洋へと進出を試み続けてきたのです。
ロシアが持つ3つの顔
ロシアという国のアイデンティティーには、3つのルーツがあります。第一に、9世紀頃ノルマン人によって建国されたノブゴロド国。第二に10世紀頃、独自のスラヴ文化を開花させたキエフ公国。第三に15世紀頃ビザンツ帝国を受け継ぎ、2世紀に及ぶモンゴル帝国の支配を脱したモスクワ大公国です。
自分たちは西欧人だ
第一のルーツであるノブゴロド国は、ロシア人に「自分たちは西欧人だ」という意識を持たせてきました。金髪に青い目のノルマン人はゲルマン人の一派で、北欧三国(デンマーク・ノルウェー・スウェーデン)やイギリス、南イタリアに移民し住みついた民族です。ロシアは西欧人からは「遅れた国」「異質な大国」という視線で見られてきたのですが、ロシア人自身は「西欧人と根は同じ」と認識してきた訳です。
言語や宗派の違いが「よそ者」感を生む
第二のルーツは、ロシアが西欧と対決モードになったときに、アイデンティティーとなって現れます。スラヴ人は、中欧と東欧に多い民族です。インド・ヨーロッパ語族の一派なのでヨーロッパ人ではありますが、西欧に多いゲルマン人やラテン人とは言語の系統が違います。宗教もキリスト教ではありますが、西欧がカトリックやプロテスタントなのに対して、スラヴ人に多いのは東方正教です。同じヨーロッパ語族でありキリスト教徒なのですが、対立モードになったときは、言語や宗派の差異で相手を「よそ者」と認識するスイッチが入るのです。
西欧意識とスラヴ意識
この第一と第二のアイデンティティー、すなわち「西欧だ」という意識と「スラヴだ」という意識は、近代以降のロシアで拮抗してきました。「西欧に仲間入りしたい」と思うときは第一の顔が現れ、「西欧に圧迫されている」と思うときは第二のアイデンティティーが発現します。近年では、ゴルバチョフやエリツィンが「西欧派」であったのに対し、プーチンは「スラヴ派」モードです。
第一の顔も第二の顔も、「ロシアはヨーロッパ」が前提の話です。実際、ロシアの人口はウラル山脈以西に集中しているので、国策の重点はヨーロッパ寄りになります。しかしウラル以東のロシア領は広大ですし、天然資源も豊富なのでなおざりにはできません。
遊牧民系の末裔
ここで第三の顔が現れます。モスクワ大公国はキリスト教世界に向かっては、ビザンツ帝国の後継者である面を強調していました。しかし実態は、13世紀にユーラシアを席巻したモンゴル帝国の遺産も引き継いでいたのです。モンゴル系遊牧民の残党は騎兵集団「コサック」に加わり、モスクワ大公国(後にロシア帝国)の領土を世界最大の帝国に拡張する上で、大きな役割を果たしました。
そのような「遊牧民系の末裔」は現在、中央アジアに多く居住しています。カザフスタン、ウズベキスタンなど中央アジア諸国がロシア寄りなのは、ソ連時代の統制のせいだけではなく、隣人として長く関わってきた歴史の反映なのです。
ロシアはイギリスに封じ込められてきた
ロシアは、ヨーロッパから見れば東の辺境にある国です。しかしピョートル大帝が西欧化改革を行い、北欧の大国スウェーデンを破ってバルト海への出口を確保、南でもオスマン帝国と戦って黒海へアクセスできるよう領土を広げていきました。刻々と領土を広げ、それに伴って人口も増していくロシアが、海への出口も固め始めた訳です。西欧の列強は警戒感を強めました。このときロシア封じ込めを至上命題としたのが、シーパワー(島国、海洋国家で海上貿易に依存し、海軍中心の国家)としてしか生き残れないイギリスです。
ロシアとイギリスとのグレートゲーム
こうして19世紀以降、ロシアとイギリスはユーラシア全域において、「グレートゲーム」と呼ばれる陣取り合戦を繰り広げることとなりました。ロシアは一貫して不凍港と海への出口を求めます。イギリスは、その行く手、行く手を阻むのです。
この構図は20世紀にも形を変えて引き継がれました。ロシア帝国では革命が起きてソ連になり、イギリスは衰退してアメリカと手を組んだのです。さらにソ連はその後崩壊してロシア連邦になりましたが、「ランドパワー・ロシアの海への進出をシーパワーが封じ込めようとする」構図はいまも変わっていません。
グアテマラ共和国での「フェアトレード学」
フェアトレードのアイテムはアクセサリー
手首を露出する機会の増える夏のファッションスタイルにおいて、存在感を増すアイテムといえばブレスレット。数あるブランドの中でも高い人気を誇る「WAKAMI(ワカミ)」。
そのアクセサリーをグアテマラ共和国で「フェアトレード」として実践され、生活支援を行なっているデザイナーのお話です。
農村部の女性たちを支援
南米グアテマラ共和国の農村に住む女性たちによって手作りされるのが「WAKAMI」のブレスレット。グアテマラ共和国は、40年近く続いた内戦により特に農村の生活は壊滅的な状態でした。
そんな状況を改善するためにアクセサリーを通じたフェアトレードビジネスをLAを拠点にしながら組み立てたのが、創業者のマリア・パチェコさん。
ちなみに職人の90%は農村部の女性。ファッションを自然に楽しみながら、彼女たちを支援できる仕組みが特徴です。
フェアトレードとは
フェアトレード Fair Trade(公平貿易)とは、途上国産の原料や製品を適正価格で取引し、搾取されがちな生産者の自立や生活改善を図る考え方で、1960年代ごろ欧米を中心に広がりました。世界フェアトレード機関(WFTO) や国際フェアトレード機構(FLO) が団体や製品を認証しています。なお、認知度の低さや中立公正などの問題点も抱えていますが、フェアトレード認証製品を購入することは、開発途上国の生産者をサポートすることに繋がります。
未だ政治・治安とも不安定な状態続く
グアテマラ共和国は中米メキシコの南西に隣接する国。公用語はスペイン語で人口は1400万人です。遥か昔には、マヤ文明が栄えたこの国も、1960年に発生した内戦の影響により未だ政治・治安とも不安定な状態にあります。長く続いた内戦も、ようやく1996年に集結しましたが、戦闘に巻き込まれた農村部は現在も飲料水ですら満足に得ることができないほどで、約76%が貧困層に達しています。
生活改善を目指しプロジェクト開始
創業者のマリア・パチェコさんは、グアテマラ共和国で内戦による残酷な経験から、グアテマラ共和国(特に農村)の生活を改善するためのプロジェクトを開始。
アメリカ人デザイナーとグアテマラの女性たちの作りだしたアクセサリーが、フェアトレードというビジネスモデルのもとで、グアテマラ共和国の作り手と世界中の人々を結び、やがて世界中の貧しい国々が豊かになっていくことを願って設立され、これによって就業率がほぼ”ゼロ”だった農村部の女性たちに仕事を提供することができました。
人にあげたくなるアクセサリー
ハンドメイドで紡がれた温かみのある風合いが特徴。ワックスコードとビーズの組み合わせが、とてもシンプルでナチュラルな雰囲気です。ブレスレットは1本からでも買えるのですが、デザインの違う7本セットが人気です。重ねづけを前提としていて、これが楽しいのです。
またブランドコンセプトに「ブレスをシェアする」というアクションがあり、数が多いと思ったら誰かにあげてくださいと。基本的にブレスレットを複数本セット販売しているのにはそんな理由が。おしゃれと支援活動が一緒にできるんです。お値段はセットだと1本あたり数百円から千円程度。ネットで検索するとたくさんでています。
*下記の『フェアトレード学」は本記事とは関係ありません。参考として取り上げています。
『働かないアリに意義がある』 ムシから生き方を教わる
働かないひとを「余力」と考えてみる
実はこれが重要なのかもしれない
働かないアリがいるからこそ、組織は存続できる
働き者で知られるアリに、われわれは思わず共感する。だが、生態を観察すると働きアリの7割はボーっとしており、1割は一生働かないことがわかってきた。
しかも働かないアリがいるからこそ、組織は存続できるという。これらの事実を発見した生物学者が著す本書はアリやハチなどの社会性昆虫に関する最新の研究結果を人間社会に例えながら、わかりやすく伝えようとする意欲作である。(本書見出し)
みんなが疲れると社会は続かない
植物と違って、目に見えないような速さで動く動物はそもそも、動作の際に筋繊維を伸び縮みさせて動いています。筋繊維が収縮するときに出る乳酸という物質が分解されるには時間がかかるため、すべての動物は動き続けると乳酸が溜まり、だんだん疲れていきます。
つまり動物は動くと必ず疲れるし、疲れを回復させるには一定期間、休息をとらなければならないのです。そこで「余力」をのこした働き方が重要に。
疲労の重さに関係なく全員がいっせいに働くシステムよりも、働かないものがいるシステムのほうが、平均して長い時間存続することがわかったのです。
働かない働きアリが極めて重要に
つまり誰もが必ず疲れる以上、働かないものを常に含む非効率的なシステムでこそ、長期的な存続が可能になります。働かない働きアリは、怠けて効率を下げる存在ではなく、それがいないと存続できない、きわめて重要な存在だといえるのです。
重要なのは、ここでいう働かないアリとは、社会の利益にただ乗りし、自分の利益だけを追求する裏切り者ではなく、「働きたいのに働けない」存在であるということです。本当は有能なのに先を越されてしまうため活躍できない、そんな不器用な人間が世界消滅の危機を救う ー 私たちはこれが「働かない働きアリ」が存在する理由だと考えています。働かないものにも、存在意義はちゃんとあるのです。
規格品ばかりの組織はダメ
ムシの社会が指令系統なしにうまくいくためには、メンバーのあいだに様々な個性がなければなりません。個性があるので、必要なときに必要な数を必要な仕事に配置することが可能になっている。このときの「個性が必要」とは、すなわち能力の高さを求めているわけではないのが面白いところです。仕事をすぐにやるやつ、なかなかやらないやつ、性能のいいやつ、悪いやつ。優れたものだけではなく、劣ったものも混じっていることが大事なのです。
「働きたくないから働かない」わけではない
ムシの社会もいつ何が起こるかわかりません。刻々と変わる状況に対応して組織を動かすためには、様々な状況に対応可能な一種の「余力」が必要になります。その余力として存在するのが働かない働きアリだといえるでしょう。みんな働く意欲はもっており、状況が整えば立派に働くことができます。それでもなお、全員がいっせいに働いてしまうことのないシステムを用意する。
人の社会ではどうでしょうか。企業は能力の高い人間を求め、効率のよさを追求しています。勝ち組や負け組という言葉が定着し、みな勝ち組になろうと必死です。しかし、世の中にいる人間の平均的能力というものはいつの時代もあまり変わらないのではないでしょうか。それでも組織のために最大限の能力を出せ!と尻を叩かれ続けているわけです。昨今の経済におけるグローバリズムの進行がその傾向に拍車をかけています。
「余力」があるからすぐに立ち上がれる
たとえば、大きな災害が続く日本。いち早くボランティアとして名乗りを上げ、現地へ向かう人たちがいる。学生や、なかには会社を休んで向かう人もいるだろうし、あるいはニートやフリーターなど定職を持たない人だったり、いろいろな人たちがいる。しかし仕事を持っている人は、なかなかすぐには立ち上がれない。これこそ「余力」が発揮される瞬間ではないだろうか。
社会主義と共産主義の違い
社会主義とは「現実にある制度」
共産主義とは「将来の理想の社会」
- 作者: 池上彰,テレビ東京報道局
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資本家は労働者を「搾取」している
社会主義というのは「現実にある制度」で、共産主義は「将来の理想の社会」というふうに考えます。マルクスやレーニンの考え方では、労働者がいくら働いてもそれに見合った賃金がもらえていない、搾取されている、これが資本主義です。
それに対して社会主義は、労働に応じて正当な賃金がもらえるようになる。共産主義になると、生産力がもっと発展して、必要に応じて好きなだけもらえるようになる。レーニンは最終的にはたとえばトイレの便器は金でつくられることになるだろう、といった言い方もしています。
共産主義に発展すると、人々は大変豊かな暮らしができるようになる。そうなると国と国の争いごとはなくなるので、そもそも国家というものがなくなるだろうと考えました。よく ”共産主義国家” という言い方がありますが、あれは形容矛盾で、おかしいんです。共産主義のもとでは国家は存在しないというのが建前ですから。
社会主義のその先に国家がなくなった共産主義というユートピアがある、という考え方なのです。
実際の社会主義国家はうまくいかなかった
実際に理想の社会をつくろうとしたら何が起きたか。すべては計画生産ですから、たとえばソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)では、女性のブーツは来年何足つくるとあらかじめ計画を立てる。すべて計画によって生産過程がコントロールされます。
そうしたらそれだけのブーツが売り出される、それしか買うことができないわけですから、デザイン性などはまったく無視した、本当にダサいブーツしか店頭に並ばないということになる。そうすると、欲しくないから買わない人がでてくる。それによって大量の売れ残りがでます。資源の無駄遣いが起きる。
たまにおしゃれなブーツがでようものなら、あっという間に売り切れてしまいます。いつそれが売り出されるかわからないから、ソ連の国民は常に買い出し袋というものを持って町を歩いていました。どこかに行列ができると、何かいいものを売り出しているに違いない、何を売っているかわからないけど、買っておこう、あるいは買ってみて自分は要らないということになっても人気があればだれかに転売すれば儲かるよねって、とりあえずその行列に並ぶ。
中には行列に並ぶのは面倒くさいな、行列の最後にいくまでに商品が全部売り切れてしまうかもしれない、と店員に賄賂を払って裏でこっそり手に入れる人がでてくる。すると世の中不公平だという不満が高まってくる。ソ連にしても中国にしても、こんな状態になった。
さらには、資本家たちがやがて資本主義に戻そうとするに違いない、だから資本家たちの考え方が世の中に広まらないように言論を統制しようということになります。共産党が管理した言論だけが認められるようになり、自由な言論が抑圧され、共産党を批判する人たちは資本家の手先である、というかたちで捕まっていく、場合によっては処刑されるという状態がずっと続きました。
よかれと思ってつくった社会主義の体制が、資本主義に対して大変な遅れをとってしまったということなんです。その結果、マルクスの思想は時代遅れだよといって否定された。
リーマン・ショック以降の再評価
マルクスが資本主義を分析する限りにおいては、資本主義の問題点というのをかなり的確に指摘している部分があります。しかし、それを解決しようとしてつくった社会主義は大きな失敗に終わってしまいました。
ところが2008年のリーマン・ショック以降、失業者が街にあふれ、派遣切りが次々に起きてきた。マルクスが資本主義について描いたことと同じようなことがまた起きているのではないかということが、いま大きな問題になっている。
『資本論』 マルクスを支えた親友エンゲルス
資本主義をひっくり返そう
共産主義の世界をつくり出すべき
映画『マルクス・エンゲルス』4月28日公開
資本主義経済はうまくいくのだろうか
近代経済学の父と言われたアダム・スミスは、市場=マーケットが需要と供給によって値段を決める、余計なことをしないで市場に任せておけば経済は発展するのだという理論を打ち立てました。
しかし、本当に資本主義経済はうまくいくのだろうか、さまざまな問題を引き起こしたのではないか。ヨーロッパ、とりわけイギリスの労働者の悲惨な状況を目にして、資本主義は間違っている、これを何とかしなければならないと、新しい経済理論を打ち立てたのが、カール・マルクスです。
マルクスは、1818年5月5日、まだドイツという国ができる前のプロセインに生まれました。弁護士を目指し大学の法学部に進むのですが、ドイツの哲学者・ヘーゲルに傾倒し、哲学の道に入ってしまう。そしてそこから、資本主義をひっくり返そうではないか、共産主義の世界をつくり出すべきではないかという共産主義運動をするようになり、当時のヨーロッパ各国の当局からにらまれて、転々と逃げ回ります。
最後はイギリスに亡命し、ロンドンの大英図書館に毎日通いつめて膨大な本を読みながら経済の勉強をし、経済学の本を書き上げました。それが『資本論』第1巻です。
マルクスがひたすら『資本論』を執筆し、働かないで研究に専念するための生活費はだれが出していたのかというと、エンゲルスというマルクスの親友です。そのマルクスとエンゲルスの思想を合わせてマルクス・エンゲルス思想と言ったりします。
エンゲルスはお金持ちの息子で、父親が大きな工場を経営していました。マルクスと一緒に共産主義運動に取り組んでいたのですが、親の仕事を継がなければいけないことになり、工場の経営者になります。そして稼いだお金をマルクスにせっせと仕送りしてマルクスの生活費の面倒をみていたのです。
マルクスは『資本論』の第1巻を書いたあと、第2巻、第3巻については途中まで書いた段階で亡くなります。死後、エンゲルスがマルクスの遺志を継いで第2巻以降を完成させました。以下は『資本論』の内容を一部抜粋したものです。
労働が富を生み出す ー 労働価値説
私たちが働いたことによってさまざまな商品やサービスが生まれる。世の中に富が生まれる。労働こそが富を生み出しているのだという考え方を「労働価値説」と言います。労働によってあらゆる価値が生み出されているという考え方です。
そこで資本家と呼ばれる人たちが労働者を雇って労働させる。労働者が労働することによって富が生まれ、財産が生まれ、お金が得られる。そのお金を蓄積していくことによって資本というものが生まれる。資本というのはお金の集まりであるということ。
資本家と労働者
資本家が会社を経営していくと、ライバル企業との激しい競争に打ち勝たないと自分の会社が潰れてしまう。その結果、労働者を低賃金で長時間働かせることになります。資本家が大金持ちになっていく一方で、ひたすら働かされる労働者が生まれていく。
やがて資本家と労働者の激しい闘争が起きるようになり、多くの労働者が立ち上がって、ついには革命を起こし資本主義が崩壊する、これがマルクスの『資本論』の考え方です。
資本家は労働者を「搾取」している
労働力を購入することによって資本家が財産を増やしていく。これが資本主義のメカニズムだとマルクスは考えました。
そこでマルクスは、資本家が労働者を働かせて払った労働賃金以上の利益を生み出す、これはつまり、資本家が労働者を搾取しているのだと考えました。搾り取るということです。
資本家にしてみれば、労働者が安い給料でも働きますよというかたちにもっていくのが一番いい。そのためには必要労働時間をどんどん減らす。そのためにこれまで人間がやっていたものをどんどん機械に切り替えていくことによって、労働生産性を高める。
資本主義経済のもとでは、企業は労働者を少しでも安い給料で採用したい。そのためには大量の失業者が出るように仕向けていけばいい。失業者にしてみれば何とか働きたいから、安い給料でも採用できるようになる。
失業者には窮乏の蓄積がされます。つまり貧困です。資本主義経済においては、お金持ちはどんどんお金持ちになり、貧しい人はどんどん貧しくなり、貧しい人がどんどん増えていく。これこそまさに格差社会です。
社会主義国の誕生
こうして『資本論』を読み、そのとおりだなと思った人たちが、世界中で共産党という組織をつくり、共産主義運動をしていきます。
ロシアではレーニンという革命家が社会主義革命を起こし、ソビエト社会主義共和国連邦という国ができました。中国では毛沢東率いる中国共産党が、社会主義国家である中華人民共和国を建国しました。あるいは北ベトナム、北朝鮮、そして東ヨーロッパ、さらにアフリカ各地に次々に社会主義の国が生まれていきました。
東西冷戦時代、まだ社会主義が崩壊する前、多かれ少なかれマルクスの影響を受けた社会主義の国が世界中にたくさんありました。それだけマルクスの思想、考え方というのが世界的に大きな影響を与えたということです。
- 作者: 池上彰,テレビ東京報道局
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映画『マルクス・エンゲルス』
(マルクス生誕200年にあたる2018年4月28日から全国で順次公開)