きょうも読書

言葉の迷路を彷徨う

学歴より大切なもの

 

新たな階級社会となりつつある
今の日本社会をどう生きるべきか

学歴より大切なものを
日本史から学ぶ

 

 

*本書『ニュースの”なぜ”は日本史に学べ』から、あくまでも備忘録用として要約しています

 

 

日本は階級社会なのか

 日本は弥生時代以降、明治維新までずっと階級社会の国だった。縄文時代までは、ほぼ貧富の差は存在しない。弥生時代になると稲作が入ってきて余剰生産物が生まれる。定住することで土地や水、青銅器、鉄器などが「資産」として価値をもつようになった。資産という発想が生まれたことによって、貧富の差が固定され、階級社会になっていった。階級社会が解消されたのは明治時代のこと。人々は華族・士族・平民という違いはあっても基本的には平等になる。

 

学歴が重視されるようになる

 しかし、現実的にすべての人が平等ということはあり得ない。階級に代わり、人を判断する新しい基準が生まれていく。それが藩閥、②軍閥、③学閥の3つだ。1894年から始まった高級官僚の採用試験である現在の「国家公務員採用総合職試験」により学閥(学歴)が重視されるようになっていく。東大や京大などの旧帝国大学卒業者のブランドが価値を持つ時代になった。

 

なぜ福沢諭吉は『学問のすゝめ』を書いたのか

 藩閥軍閥、学閥、これらは一見、新しい階級のような印象を受けるが、これらは従来の封建的な階級社会を打破するためのものだった。本来、学歴は平等を実現するためのもの。出自に関係なく、頑張って勉強することによってチャンスをつかむことができる。福沢諭吉はそのことを誰よりも理解したうえで、『学問のすゝめ』を執筆した。その中で「門閥制度は親の敵(かたき)でござる」という言葉を残している。「志を立て、苦学して学問を身に付けることにより、世に出ることができる」と、当時の若者に爆発的に読まれた。

 

「機会の平等」が失われている

 藩閥軍閥と学閥の3つによって、旧来の封建的な階級社会は打破されたが、現代ではすでに藩閥軍閥は存在しない。じつは、現在も平等を求められる装置として機能しているのは、学歴(学閥)だけだ。ところが、その学歴を得るために必要な教育を受けるには、親の経済力がモノを言うようになっている。お金がないと塾に通えない、優秀な学校に入れない、という世の中に。つまり、スタートラインが平等ではない。「機会の平等」が失われている状態である。

 

 新たな階級社会の誕生

 高度な教育を受けた子どもは高学歴(大卒や院卒)、高学校歴(旧帝大早慶)を手に入れてお金を稼ぐことができ、さらにその経済力は、親から子どもへと引き継がれていく。「格差が固定されていくこと」が階級社会の定義だとすれば、今はまさに新しい階級社会ができあがりつつある。
 では、新たな階級社会となりつつある今の日本社会を、どう生きるべきか。これは現代日本における最大の課題だ。

 

現代の「新・階級社会」をどう生きるか

 本書では次の二つのことが重要だという。ひとつは、自分に適した仕事を見つけて、頑張って働くこと。経済力と教育力による格差が存在していても法的に定められた身分ではない。江戸時代以前のように、努力しても上のポジションを得られないという本物の階級社会とは違う。
 もうひとつは、「学歴は ”武器” にはならない」と知ること。いまだに学歴がモノをいう社会であるのは事実だが、一方でバブル時代のように東大・京大や一橋、早慶を出ればそれだけで食べていけるという時代でもない。「いい大学を出てもダメなやつはダメ」という時代に。そういう意味で、もはや学歴は「武器」とはいえない。「防具」という表現のほうが正しい。

 

では何が武器になるのか

 それでは、いったい何が学歴よりも大切になるのか。それは教養だという。歴史や政治経済、古典などを含めて、いかに社会のことを知っているか。グローバルで柔軟な思考ができるか。そして最後に、英語や中国語などの語学力が、人生の可能性を広げてくれる。語学は文化・教養でもあり、これを学ぶことで他者の理解につながる。学歴は「防具」、教養は「武器」、語学は「翼」だと。

 

歴史を学ぶ意義とは

 歴史を学ぶ意義は、大きく3つある。まず、今、ここの価値観が絶対のものではない、と知るためである。時代が変われば、国や地域が変われば常識は変わる。それが痛感できる。次に、どんな人でも人生は一度きり、と知るため。歴史に名を残す人たちも農民も、武将も、労働者も、それぞれ一人分しか人生を生きていない。そして最後に、「人は必ず間違う」と知るため。見栄や勘違いから戦いを始めてしまったり、優先順位を誤り暮らしが成り立たなくなったり。いろんな時代、いろんな場所で、いろんな人がいろんな間違いをして、それでも生きてきた。そのことだけでも知ってほしいと。

 

 

 

本書『ニュースの”なぜ”は日本史に学べ』では、日本人が知らない76の疑問に答えています。以下はその一部です

・なぜ江戸は世界一の都市になれたか
・なぜ薩摩藩は幕府を倒せたのか
・日本が戦争に突き進んだ本当の理由とは
・なぜ武家政権天皇を倒さなかったか
・なぜGHQ天皇制を維持したか

・なぜ安倍首相は憲法改正にこだわるか
憲法改正は実現するか
・日本に戦争の危機は訪れるか
・なぜ日本と朝鮮半島はこれほど仲が悪いのか
・中国や朝鮮半島が強気なのはなぜか

・なぜ日本はアメリカに従属したままなのか
・なぜ日本は第二次世界大戦へと向かったか
・なぜ「少子化」が進んだのか
・日本人が外国人を受け入れたくないは本当か
・なぜ格差が起きるか

・なぜ急速に離婚が増えたか
・なぜ日本人は自己主張しないのか
・なぜ日本人は無宗教なのか
・いじめ問題をなくすにはどうすべきか
・歴史を学ぶ3つの大事な意味

など

 

 

 

 

 

 

 

 08-2133

宇多田ヒカル 文学のような作品

 
私の作詞は作曲から始まる

幼い頃小説家になることを夢見ていた

 

 

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宇多田ヒカルの時を超える言葉

 

一貫しているのは、作品の世界に作者の自我の痕跡を残さないような作風と、アルバムごとに日本語とより真摯に向き合ってきたこと

日本語表現の性質については
萩原朔太郎『詩の原理』で語り尽くされている

人生において避けられない出来事があるのと同じように、どんな歌を書くかは私には選べない。その時に書くしかないことを詞にして、歌うことで、私の作詞は完了する

 

 

 

Automatic (1998)

七回目のベルで

受話器を取った君

名前を言わなくても

声ですぐ分かってくれる


鳴ってて、あれ出てくれないかも、そろそろ切ろうかなと思う7回目で、取ってくれた、あれヤバい、もうムリと思ったのに出たからシャキッとしなきゃ、ということが7回で変わる気がした。こわい、出て欲しくない部分もある ... 15歳のときの詩

 

 

 

 First Love (1999)

最後のキスは

タバコの flavor がした

ニガくてせつない香り

明日の今頃には

あなたはどこにいるんだろう

誰を想ってるんだろう

 
もとは小説を書きたかった。本が好きだった。本の世界にいたかった、本の世界で生きていた。子どもの頃って、外に自由がなくて、子どものころ思いどおりになるものがなくて、どうにもならんみたいな。でも本を読んでいれば、そこで何かを感じたときに、誰かもこういう気持ちをしてるんだ、というのが分かるということで、まず書いた人とつながった気がして。たくさんの人が同じ本を同じ文章を読んで、そこに同じ想いを感じると、なんだみんな同じじゃん、ということに救われる ... 作者とつながる

 

 

 

花束を君に(2016)

毎日の人知れぬ苦労や淋しみも無く

ただ楽しいことばかりだったら

愛なんて知らずに済んだのにな

花束を君に贈ろう

言いたいこと 言いたいこと

きっと山ほどあるけど

神様しか知らないまま

今日は贈ろう 涙色の花束を君に


こういう歌はもう書けない。芸術とか創造性をはらんだプロセスのあるものでは基本的に喪失の話じゃないですか。喪失感が大きければ大きいほどそういう作品が生まれやすくなる

 

 

 

道(2016)

私の心の中にあなたがいる

いつ如何なる時も

一人で歩いたつもりの道でも

始まりはあなただった

It's a lonely road

( フッフッフッ )

But I'm not alone

( フッフッフッ )

そんな気分

 
( フッフッフッ )に意味はあるのか? 曲によってここは言葉がない、この音がベストだというのがあって、それが言葉じゃなくても伝わる。ずっと言葉をいっぱい歌っているのだから、どこかに言葉がなくなった瞬間にふわっとした変化を感じる。心のスキみたいなものが必要だと思う

 

 

 

真夏の通り雨(2016)

思い出たちがふいに私を

乱暴に掴んで離さない

愛してます 尚も深く

降り止まぬ 真夏の通り雨

 
止まない通り雨。これは時間の話に戻りますね。だってもしあの瞬間、私が死んじゃったら、私としては降り止まなかった雨になるわけで。自分に次の瞬間がある前提、それがないということです

 

 

 

光(2002)

どんな時だって

たった一人で

運命忘れて

生きてきたのに

突然の光の中、目が覚める

真夜中に

 
「なにがしあわせかわからないです ...(銀河鉄道の夜) 」という宮沢賢治の書いた言葉が好きです。今の苦しんでる状況もその先の幸せに向かっていれば不幸せではないし、今を今だけで評価できない。悲しそうな出来事があっても憐れむ気持ちもない。もしかしたら、今辛そうだけどその辛さが何年後かにその出来事があったために、今より幸せになっているかもしれない、あれがあってよかったと思うかもしれない。そうでないかもしれない。あくまでも今はその途中なんです

なにがしあわせかわからないです。
ほんとうにどんなつらいことでも、それがただしいみちを進む中でのできごとなら、峠の上り下りもみんなほんとうの幸福に近づく一足ずつですから。~ 宮沢賢治銀河鉄道の夜

 

 

 

初恋(2018)

もしもあなたに

出会わずにいたら

私はただ生きていたかもしれない

生れてきた意味も知らずに

 
人は生きていく上で、最終的には他者との繋がりを求めますよね。浅いものから深いものまで。その関係性の築き方には誰しもモデルがあって、それはやっぱり最初の原体験というか、自分を産んでくれた人なり、面倒を見て、育ててくれた人たちとの関係だと思うんです。それがその人の一生の中で、おそらく多くの場合は無意識に作用して、他者との関係性に影響していく。その無意識の影響を紐解いては、「何故なんだろう?」と追求したり、時には受け入れようとしたりする。それが私の歌詞の大体のテーマだと思うんです

 

 

NHK SONGSスペシャル「宇多田ヒカル」より

 

 

宇多田ヒカルの言葉

宇多田ヒカルの言葉

 
詩の原理 (青空文庫POD(ポケット版))

詩の原理 (青空文庫POD(ポケット版))

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 07-2079

聞く、聴く、訊く 3つの「きく」

 

「聞く」は意識しないで音が耳に入る

「聴く」は意識して音に耳を傾ける

「訊く」は尋ねる、問う

 

英語ではこんな感じ

「聞く」 hear  一方的に聞こえる(受動的)

「聴く」 listen  自ら傾聴する(能動的)

「訊く」 ask   尋ねる、問いただす

 

 

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「聞く」は、「物音を聞く」「話し声が聞こえる」のように、音や声などが自然に耳に入ってくること。ただし、「聞き耳を立てる」「聞き惚れる」など複合語の場合は、積極的であっても「聞く」を使うのが一般的である。「聞く」には、「言いつけを聞く」「忠告を聞く」のように、従う、受け入れるという意味もある。

 

「聴く」は、「音楽を聴く」「講義を聴く」「国民の声を聴く」のように、積極的に耳を傾けることを表す。「きこえる」は、音や声を自然と耳に感じるものなので、普通は「聞こえる」と書くが、音楽や歌声が自然と耳に入り、その世界に引き込まれることを表す場合は、「聴こえる」と書くこともある。

 

 「訊く」は、「道を訊く」「都合を訊く」のように、尋ねる、問うことを意味する。ただし、「訊く」を「きく」と読むのは、常用漢字にない読み方であるため、公用文では一般的な「聞く」が使われる。尋ねることを表すため、「訊かれる」ことはあっても、「訊こえる」ことはない。

 

 

注意①

「国民の声を聴く」であれば、国民の意見に耳を傾けることを表すが、「国民の声を聞く」では、国民の意見に従うことになる。この場合は、「聴く」を使った方が正しい表現となるが、複合語には「聞く」が使われるなど、最も一般的な表記が「聞く」であるため、完全な誤りとは言い切れない。

 

注意②

その他、「香りを聞く」「酒を聞く」のように、匂いや味の良し悪しを感じ取り、識別する意味でも「聞く」は使われ、「利く」とも書く。酒の良し悪しを鑑定する「ききざけ」は、「聞き酒」と表記することもあるが、一般的には「利き酒」と書かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

03-0793

「ら抜き言葉」 文章術

 

時代が変われば、言葉も変わる 

 

 

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ら抜き言葉」は標準に?

 「見れる」「食べれる」といった「ら抜き言葉」。一部の人には評判がよろしくない使い方だが、文化庁の2015年度「国語に関する世論調査」では、「ら抜き言葉」を使う人が、使わない人の割合を初めて上回った。

 言葉は、長い時間をかけて生じた言葉の「時代差」と、祖父母世代と孫世代が共存するなかでリアルタイムに起こる「世代差」のふたつで変化していく。「行かれる→行ける」の変化が出だしたのは、室町時代ごろといわれる。対して「見られる→見れる」のいわゆる「ら抜き言葉」が登場したのは、大正・昭和時代からだそうだ。

 とはいえ、きちんとした文章を書くときは「ら抜き言葉」は、少なくても標準的ではない。文章の印象を損なう可能性があるので気をつけたい。下記は、ら抜きことばの代表例だ。

 

見れる → 見られる

着れる → 着られる

来れる → 来られる


食べれる → 食べられる

起きれる → 起きられる

考えれる → 考えられる

覚えれる → 覚えられる

信じれる → 信じられる

生きれる → 生きられる

 

 

 

 

 

 

 

 01-0464

映画『ボヘミアンラプソディ』 感想コメント集

 

フレディ・マーキュリーの生き様と伝説のバンド<クイーン>の32曲で贈るミュージック・エンターテイメント!

 

 

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YouTubeボヘミアンラプソディ』の予告映像にあげられた感想コメント集

 

グッとくる。絶対泣けるね。最後の「ドンドンパッ」が心臓の鼓動のように聴こえてくるのも良い。ホント編集神
 
Queen の世界的人気の始まりはジャパンツアーで熱狂的ファンが多くついたことなのに日本でのライブシーンが少な過ぎて少し悲しかった。けどとても良い映画だった
 
クイーン好きじゃなかったが終盤号泣してしまった
 
俺の影響で小学生のころからQUEENファンだった娘(27)が先週観に行ったとき、上映中に号泣のあまり隣の人に迷惑がかかるからと途中で席を立ってしまったので、もう一度観に行きたいとのこと
 
ぬこのエサ場を歩くとこ ... (=^x^=)
 
母に誘われて試写会行ってきました。歌は知っているのもあるけどそこまで興味がなかった私は絶対に寝るだろうと思っていたけど全く寝ず
 
クイーンはほとんど知らんかったけど感動した
 
ママ~ ううう~
 
親世代の曲だけどいくつか知っていたため映画館に連れられこの映画を観て衝撃を受けた。何度でも観たいと思ったし、ラストシーンは鳥肌が止まらない。心の底から感動した
 
もっといい主演いたやろ?  微妙に小さくてコントに見える
 
昨夜クイーン好きの自分は、あまりクイーンのことを知らない彼女と映画を観に行きました。すると彼女は感動して泣いていました。それを見た自分も感動したものがありました。クイーンのことをあまり知らなくてもここまで人を虜にさせる力があるんだと感じました
 
全く興味がなくて試写会当たったから取り敢えず行くかって感じで観てきたけど、素晴らしく面白かった。QUEEN 知らない人でも楽しめる
 
なにが「泣きました」だよ
 
30過ぎの息子に断られると思いつつ映画行かない?と言ったらまさかのOKが。時間があっという間に過ぎてしまった。Blu-ray が出たら買うと息子が言ってた
 
82年も85年も全部観に行った。青春そのものだった。QUEENを初めて聴いた時の衝撃は今でも覚えてる。あれからもう40年もたつんだな。ずいぶん大人だと思ってたフレディの歳をもう越えてしまった
 
見たけど大事なとこで寝てた
 
億男観に行った時に予告編で流れて心揺さぶられた
 
僕が生まれるずっと前に亡くなったフレディ・マーキューリー。でも彼の生き様からたくさんの勇気を貰えました。ありがとう、フレディ
 
観てきた。ラスト21分、本当に素晴らしかった。自分がライブ・エイドの会場にいるかのような、圧倒的な臨場感だったよ。素晴らしい映画をありがとう
 
70年代、ロン毛の王子様だった頃のクイーン。当時の音楽誌のグラビアに載ってた姿が、そのまま再現されている。それだけで胸キュンです
 
QUEENを有名にさせたのは日本ですよ
 
凄かった、看板に偽りなし!  思ったこと3つ。1、親父に電話しよう。2、明日も仕事頑張ろう。3、やっぱり最高!
 
ボヘミアンラプソディのオペラのとこめっちゃ好き
 
先週観てきた。あの時代にロックとオペラを融合させたクイーンに脱帽。最後の don't stop me now 心に響きました。この音楽を映画館で聴けるうちにもう一回行きます
 
猫好きに悪い人はいない!
 
広告は面白そうだけど、わしは映画つまらなかったなぁ。みんなはどうなんだろう?
 
予告通りの映画だったし、もんのすごいホモホモ映画だった。泣ける場面は特にないけど、queen の曲が流れるたびに鳥肌立ったわ
 
★★★★★ だった
 
数々の名曲を生み出し伝説と呼ばれたフレディも一人の人間としての苦しみや悩みを抱えて生きてきたのだと再確認させられた素晴らしい映画。最後の20分はそんな彼の人生のすべてが詰まったかのような歌声には自然と涙が溢れ出てきました...  素晴らしい映画を作り上げたスタッフと俳優たちに感謝 !!
 
 
 
 

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クイーン(QUEEN

イギリス・ロンドン出身の男性4人組ロック・バンド。1973年デビュー。ブライアン・メイ(ギター他)天文学者(天体物理学博士)、大学院では宇宙工学を研究。QUEENが食えるようになるまで、中学校で教鞭を執っていた。フレディ・マーキュリーリードボーカル、ピアノ)インドで幼少期を過ごす。大学でグラフィックデザインを専攻。ミュージカルやオペラ、バレエに精通。愛猫家、親日家。HIV感染により1991年11月24日死去、享年45歳。ロジャー・テイラー(ドラムス他)歯科医を目指すも生物学専攻へ、理学士。読書家で来日時には遠藤周作の『沈黙』を持参。ジョン・ディーコン(ベース他)ロンドン大学チェルシーカレッジを首席で卒業。歌は苦手で口パクが多かったという。
Wikipedia ほか

 

 

 

映画『 ボヘミアンラプソディ』& QUEEN 映像集

 

 映画『ボヘミアンラプソディ』予告編   TRAILLERS 2018

 

映画『ボヘミアンラプソディ』ビデオクリップ

 

Queen - Live at LIVE AID 1985.7.13

 


 

 

 

 

 

 02-2167

小林秀雄 『学生との対話』

 

全国の大学から集まった学生達との
胸を打つ対話の記録です

 

学生との対話 (新潮文庫)

学生との対話 (新潮文庫)

 

 

 小林秀雄(こばやしひでお)

1902 -1983  東京生まれ。東京帝国大学文学部仏文科卒。文芸批評家、編集者、作家。文化勲章受章。代表作に『ドストエフスキーの生活』『無常という事』『モオツァルト』『ゴッホの手紙』『考えるヒント』『本居宣長』など。腎不全により死去。80歳没。
影響を受けたもの、フョードル・ドストエフスキー、アンリ・ベルクソン、アラン、泉鏡花幸田露伴志賀直哉など。

 

批評とは他人をほめる技術だ

 小林秀雄は批評家であり、上記の代表作にあるような文章を書き、日本における近代批評の創始者、確立者として大きな足跡を残した。
 批評と聞くと、大抵の人は批難、批評、誹謗といった言葉と同じ意味合いで受け取りがちだが、小林秀雄の言う「批評」は違っていた。永年、批評文を書いてきて、小林秀雄が到達した境地は、「批評とは他人をほめる技術である」だった。―  自分の仕事の具体例を顧みると、批評文としてよく書かれているものは、皆他人への賛辞であって、他人への悪口で文を成したものではない事に、はっきりと気付く。そこから率直に発言してみると、批評とは人をほめる特殊の技術だ、と言えそうだ。人をけなすのは批評家の持つ一技術ですらなく、批評精神に全く反する精神的態度である、と言えそうだ ...と語っている。

 

質問することの意味

 人と人との対話の意味と併せて、本書のもうひとつの大きな目的は、「質問することの意味」だ。講義や講演での質疑応答では「うまく質問して下さい」と条件をつけ、「そんな質問には答えない」とはねつけたりもしている。実はこれも、先に紹介した「批評とは他人をほめる技術である」と根本は同じなのだ。小林秀雄は、若者たちに、「批評とは上手に質問する技術である」と言ってもよかったはずなのである。

 

答えばかり求めていないか

 しかし、質問するということは、決してやさしいことではない。―  質問するというのは難しいことです。本当にうまく質問することができたら、もう答えは要らないのです。ベルクソンもそう言っています。僕ら人間の分際で、この難しい人生に向かって、答えを出すこと、解決を与えることはおそらくできない。ただ、正しく訊くことはできる。いま文化の問題でも、何の問題でもいいが、物を考えている人がうまく問題を出そうとしませんね。答えばかり出そうとあせっている。

 

質問が切実であること

 誰のものでもない自分の人生を、溌剌(はつらつ)と独創的に生きていくために必要なことは、答えを手にすることではない、問いを発明することだ、自分自身で人生に上手に質問することだ、小林秀雄はそう言う。そして、上手に質問するにはどうすればよいか、小林秀雄は具体的に教えている。ひとことでいえば、上手な質問か下手な質問かは、質問する当人にとってそれが切実であるかそうでないかだ。右か左か、賛成か反対かと世論調査のように訊く、これがいちばん下手な質問だといい、小林秀雄が最も嫌った質問だった。学生の質問を、自分自身にとっても切実な問題として聞き取った。

 

*本書の池田雅延「問うことと答えること」より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 04-1408

三島由紀夫『豊饒の海』初の舞台化

 

又、会ふぜ。きつと会ふ。

 

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三島由紀夫畢生(ひっせい)の大作「豊饒の海」初の舞台化

4冊からなる大河小説を一舞台作品として創作する史上初の試み。三島由紀夫の「美」の象徴とも言うべき松枝清顕に、東出昌広が出演。

 「又、会ふぜ。きつと会ふ。」という言葉を残し、20歳で生命を落とした男、松枝清顕。
彼を生涯追い求める男、本多繁邦。
そして本多の前に清顕の生まれ変わりとして登場する人々。
存在とは、世界とは、美とは、
そして「私」とは ... 

 

公演日程 2018年11月3日~12月2日
開場   紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
原作   三島由紀夫
     「豊饒の海」(第1部~第4部)
脚本   長田育恵
演出   マックス・ウェブスター
出演   東出昌大 宮沢氷魚 上杉柊平 大鶴佐助
     神野三鈴 初音映莉子 大西多摩恵 篠塚勝
     宇井晴雄 王下貴司 斉藤悠 田中美甫
     首藤康之 笈田ヨシ

 

 

三島の生涯をかけた遺作

 このうえもなく美しく優雅な悲しみに満ちた壮大な物語は、全4部作で1700ページを超える。ルビはあるものの漢字や比喩も多く、敬遠されがちだが読み進むにつれて、もう後には引けない、三島文学にハマってしまう。ちょっと面倒くさい男、清顕が物ごとをどんどん複雑にしていくように感じるも、全てにおいて描写が芸術的で美しい。死や仏教、輪廻がテーマになっているが、4作目の「天人五衰」で全てを虚無にし、市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地での自死を選んだことで、結局はどこにもたどりつけない、三島の生涯をかけた作品だったのか。人生において大切なものとは何なのかという、とても強い問いが投げかけられている。

 

劇場でひとときを過ごすということ

 初舞台化された今回の『豊饒の海』は、4部ある作品を一つずつ順に並べていくのではなく、第1部の「春の雪」を全体のベースにし、そこに第2部「奔馬」、第3部「暁の寺」、第4部「天人五衰」を組み込むという方法を取っている。すべての物語が同時に起こっていくという構成だ。劇場で過ごす、その空間と時間は日常に潤いを与えてくれるひとときでもある。

 

 

 *『豊饒の海紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

 

 

 

*過去の記事『春の雪  豊饒の海(一)』

 

*過去の記事『奔馬  豊饒の海(二)』

 

 

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03-1377