『人間万事塞翁が丙午』 青島幸男
「人間万事塞翁が丙午」は青島幸男の小説で、著者の母をモデルとしている。日本橋の堀留町にある仕出し弁当屋「弁菊」が舞台。書名は主人公ハナがが丙午に生まれたことによる。戦中から戦後にかけての下町の生活を講談調で記述しているのが特徴。タイトルは中国のことわざ「人間万事塞翁が馬」のパロディ。第85回直木賞受賞。
タイトルの読み方
今回は本の内容というよりもタイトルのお話です。パロディになった、中国のことわざである「人間万事塞翁が馬」について。読み方は「にんげんばんじさいおうがうま」あるいは「じんかんばんじさいおうがうま」と、どちらでも構いません。では、この本のタイトルは「にんげんばんじさいおうがひのえうま」になるわけで、最後の馬「うま」が丙午「ひのえうま」になっていること。丙午の説明はのちほど。
「人間万事塞翁が馬」の意味
これは、幸せや災いというのは予想ができないものだ、という意味です。
もう少し補足すると、幸せだと思っていたものが不幸の原因になったり、禍(わざわい)のタネだと思っていたことが幸運をもたらすこともある、ということです。単に、塞翁が馬(さいおうがうま)ともいいます。
故事の由来
むかし、中国の北方の塞(とりで)のそばに、おじいさんが住んでいました。
ある時、このおじいさんの馬が逃げ出してしまったので、近所の人が気の毒に思ってましたが、おじいさんは「このことが幸運を呼び込むかもしれない」と言いました。
しばらくして、逃げた馬が戻ってきました。しかも、他の馬を連れてきたのです。それは、とても足の速い立派な馬でした。
近所の人が喜んでいると、おじいさんは「このことが禍(わざわい)になるかもしれない」と言いました。
すると、この馬に乗っていたおじいさんの息子が馬から落ちて足を骨折してしまいました。
それで、近所の人がお見舞いに行くと今度は「このことが幸いになるかもしれない」と、おじいさんは言いました。
やがて、戦争が起き、多くの若者が命を落とすことになりましたが、おじいさんの息子は足を怪我していて戦争に行かなかったため無事でした。
というお話です。
幸や不幸は予想できない
これは中国の「淮南子(えなんじ)」という書の「人間訓(じんかんくん)」というところに載っていることわざです。禍と思っていたのが幸運の原因になり、幸運と思っていたのに禍の理由になり、さらにそれが幸運となった、というちょっとややこしいお話ですが、ようするに、幸や不幸は簡単には予想できない、ということです。
塞翁が馬
なお、「塞翁が馬」の「塞」は砦、要塞という意味で、「翁(おきな)」はおじいさんのことです。「塞翁」は、砦のそばに住んでいるおじいさん、という意味。また、「塞翁が馬」の「が」は「の」と同じで、砦のそばに住んでいるおじいさんの馬、です。人間万事の「人間」は、ここでは世の中、世間ということなので、「人間万事塞翁が馬」だと、世の中のすべてのことは、何が幸いして、何が禍するか分からないものだ、ということになります。
例えば「新車が手に入って喜んでたら事故を起こしてしまった」とか「入院したのをきっかけに自分の時間を持つことができた」なんていうことはありそう。いずれにしても一喜一憂したり右往左往しがちですが、人間万事塞翁が馬ということですね。
丙午の女は亭主を食い殺す
ハナの干支が丙午なのも大きな障害だった。どういうわけか、昔から丙午の女は亭主を喰い殺すだの、火事を招くだのと碌なことは言われない。同じ姉妹の中でもハナは子供の頃から父親にも別の目で見られていた。生まれ年ばかりは自分で決めるわけにもいかぬが道理。あたしばかりが何故と理不尽な差別に腹の立てづけ、親を呪った。 (本文より)
丙午(ひのえうま)は迷信
干支のひとつで、丙も午も火の性を表すところから、これにあたる年は火災の発生が多いという俗説があり、また江戸時代以来、この年に出生した者は気性が激しく、ことに女性は夫となった男性を早死にさせるという迷信がはびこった。この迷信は社会に根強く浸透し、そのため丙午生まれの女性は縁談の相手として忌避される不幸を招いた。この干支に生まれたばかりに、将来不幸を招くといわれ、殺されたりしもしたという。ただの迷信なのに、まったく、魔女狩りみたいなものですね。
エネルギーが最も盛んな干支
いま現時点から一番近い丙午は1966年(昭和41年)ですが、この1966年は、人口統計上この1年だけが25%も出生率が低下し、人数が極端に減っている。この年の生まれの人たちのクラスは他の学年の人たちより、1、2クラス少ないという現象が日本各地で見られた。60個の干支の中で最もエネルギーが盛んな干支といわれる。
「八百屋お七」は丙午?
もう一つの江戸時代に生まれた縁起の悪さは、井原西鶴が書いた「好色五人女」が原因だったという説があります。これは、「好色五人女」の中の登場人物の一人である、恋人会いたさに自宅に放火した「八百屋お七」が、丙午の生まれだといわれていたことから、それ以降、この年生まれの女性は気性が激しく、夫を尻に敷き、夫の命を縮め(男を食い殺す)、自身の死後には「飛縁魔」という妖怪になるという迷信が庶民の間で信じられるようになった、というものです。妖怪になるという迷信は、300年後の昭和になっても存在し、1966年の出生率低下という結果をもたらした。
丙午は「神様の乗る馬」
しかし、丙午は「天馬・神馬」とも呼ばれていて「神様の乗る馬」とも言われており、神社に飾られている白馬のような存在ともいわれている。
丙午の計算の仕方は、西暦を60で割って46が余る年が丙午の年となるので、1966年の前は、1906年(明治39年)が丙午でした。今後は、2026年、2086年が丙午です。